Dear my girl

18.


 緊張して眠れないかと思っていたのに、思いのほか料理で疲れていたのか、沙也子は着ていく服を決める前に寝落ちした。

 朝食後すぐに、たくさん洋服を引っ張り出した。
 何を着ようかあれこれ悩み、結局動きやすさ重視で、オフホワイトのざっくりニットとキャラメル色のショートパンツにした。
 黒いタイツをあわせるので、丈が少々短くても気にならない。これでぺたんこブーツを履けば歩きやすいだろう。

 鏡の前でどこかおかしくないか確認していると、スマホがメールを受信した。
 一孝からで、家を出るとの報告だった。一緒にマンションを出るのは、誰かに見られるとまずいので、最寄り駅で待ち合わせることにしたのだ。

(もうそんな時間? わたしも出ないと)

 通学用のコートを羽織り、鏡の前に立つ。なんだか全体的にしっくりこなくて焦った。また一から考え直すか……と冷や汗をかきつつ、先日律と行ったバーゲンで買った白いダッフルコートの存在を思い出した。着てみると、少しは全体的にすっきりして見えた。

 ばたばたと玄関に走り、家を出る頃には、メールを受け取ってから15分過ぎていた。


 なるべく急いで駅に行くと、一孝は改札前の柱に寄りかかっていた。
 機嫌が悪そうに、こちらの方をちらちらと気にしているので、沙也子は思わず咄嗟に隠れてしまった。沙也子が遅いからイライラしているのかもしれない。
 こそっと陰から窺がうと、彼はポケットからスマホを取り出した。
 ファー付きの黒いモッズコートとジーンズの姿は、長身の彼をさらに見栄えよくしていた。

 早く「遅れてごめんね」と駆け寄らなければ。そう思っていると、女子がふたり一孝に近づいて行った。何やら熱心に話しかけている彼女たちに、一孝はそっけなく手を振って否定の仕草をする。

(もしかして、逆ナン……かな)

 なんとなく動けずに見つめてしまう。
 一孝は沙也子の視線に気づき、苦い顔をした。ヤバいと思っているうちにも、こちらに近づいてくる。

「来たなら声かけろよ。つか、遅くなるなら連絡しろよな」

「ごめん、ちょっと出がけにわたわたしちゃって」

 一孝は沙也子を見下ろし、ひとつため息をついた。「まあ、無事ならいいけど」と改札の方へ向かっていく。沙也子はあわてて後を追った。
 ICカードを改札機の読み取り部分にタッチする。一孝はスマホをピッとかざしていた。

「待たせちゃう気がしたから、わたしが先に出るって言ったのに」

 遅れたことを棚に上げて唇を尖らせる。ホームに着くと、ちょうど電車が来たので、すぐに乗り込んだ。

 中は適度に混んでいて、座席シートは全て埋まっているけれど、立っている人はまばらだった。沙也子たちはドア付近に落ち着いた。

 一孝は、景色を眺めながら言った。

「ああいうことがあるからだろ」

「ああいうこと……」

 先ほどの女子のことを言っているのだろうか。だとしたら、早めに来て声をかけられたかったいうこと?
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