憎きセカンドレディに鉄槌を!(コミカライズ原作『サレ妻と欲しがり女』)
「春菜さんが濡れないように、傘を貸しますよ。僕の家、ここから近くなんです」

 翼くんの自宅を知るチャンスだと思った。

「一緒に行ってもいいかな?」

 降り出しかけた雨粒が、どんどん大きくなってきた。

「構いません。濡れた体を拭くためのタオルも差しあげます」

 走り出した翼くんのあとについて行く形で、彼の自宅マンションに到着。着ているワンピはしっとり湿ってしまい、かわいらしさのない、ムダに重たい衣装に成り果てた。

「春菜さん、ちょっとだけ待っててください」

 翼くんは春菜を玄関に入れてくれることもなく、目の前で扉を閉めた。『中に入れて、寒いの』作戦をする間もなかった。

(チッ、結構手強いわね。素っ気なさは、付き合う前の良平きゅん以上だわ)

 どうしたら中に入ることができるか――アレコレ思考を巡らせていると、不意に扉が大きく開いた。

「お待たせしました。これ、粗品でもらったタオルです。それとビニール傘をどうぞ」

「あ、ありがとうね……」

 テキパキ手渡されてしまい、両手でそれを受け取るのが精いっぱいだった。

「春菜さんにプレゼントしますので、返さなくていいです。それじゃ!」

 言いながら扉を閉めようとしたので、慌てて隙間に足を挟み込んだ。ガンッという大きな音が辺りに響き渡る。

「春菜さん、大丈夫ですか?」

「ぁ、ああの! ご、ごめんね、もっと話がしたくて……」

 上目遣いで奥に見え隠れする、翼くんチの室内に視線を飛ばす。

「すみません。僕も話がしたかったんですが、仕事が入ってしまったんです」

 残念そうな顔で、スマホを見せてくれた。それは思いっきり通話中で、『N・Ichinose』という人がかけてきたのがわかったんだけど、本当にタイミングが悪い。

「翼くん本当にごめんね、ワガママ言って……」

「すみません。一ノ瀬さんが春菜さんと喋りたいそうです」

 翼くんは耳にスマホを当てたあとに、私の顔を申し訳なさそうに見つめる。なぜだか私と話がしたいという一ノ瀬さんと、喋ることになってしまった。

『もしもし、白鳥の同僚で一ノ瀬と言います。無愛想なコイツと仲良くしてくれて、ありがとうございます』

 スピーカーにしたスマホから、適度に低い男性の声が聞こえてきた。声の感じで、30代以上なのがわかる。

「お仕事なのに、彼を引き止めてしまってごめんなさい!」

『こっちこそ済まないね。お詫びに白鳥に奢ってもらったら?』

「春菜さん、いつか奢らせてください」

 心底済まなそうに告げた翼くん。ここはワガママを繰り出す場面だと瞬間的に思いつき、大胆なことを口にする。

「だったら、翼くんの家でなにか食べたいな!」

『白鳥、彼女以外の女性を自宅にあげるなら、きちんと両方の許可をとれよ?』

 一ノ瀬さんのセリフで、翼くんに彼女がいることがわかってしまった。

「翼くん、彼女……いるんだ?」

「ええ、まぁ」

 私の視線を避けるように、切なげな瞳がなにもない空虚を見つめる。

(翼くんにこんな顔をさせる彼女って、どんなコなんだろ……)

『こんなイケメン、放っておく女はいないだろ。いないほうがおかしいって思うけど』

 スマホのむこう側でカラカラ笑う一ノ瀬さんの声が、私の耳に入らない。翼くんに彼女がいると知った瞬間から、頭の中のスイッチが入った。誰かのモノを奪いたい欲が、沸々と湧きあがる。

『とにかく、お互い相手の了承を得たのちに、次回の逢瀬を決めろよな。白鳥、仕事急げよ!』

 翼くんを急かすように一ノ瀬さんは告げて、プツリと通話が切られてしまった。

「春菜さんの旦那さんの許可がおりたら、是非ウチでご馳走させてください」

 翼くんは私を見ずに、スマホの画面を見ながら誘う。

「翼くんの彼女もでしょ?」

「僕の彼女は優しい人なので、きっと許可してくれると思います。というか、たった今ラインで聞いてみたら、あっさり許可がとれました」

 小首を傾げてニッコリほほ笑む。彼女とのラインが、余程嬉しかったのだろう。喜びが顔中に溢れてるように感じた。

「聞いてくれたんだ、行動早いね」

「春菜さんもきちんと旦那さんの許可をとってから、僕に連絡ください。美味しいケーキ買っておきます」

「わかった。楽しみにしてるね」

 いただいたタオルを掲げてバイバイしたら、あっさり扉が閉められ、鍵がかけられる。仕事に行く準備をしているのか、バタバタした音が漏れ聞こえた。

「翼くんの家がわかっただけでもいいか。今日も短かったな……」

 名残惜しい気持ちが、歩幅になって表れる。振り返らずにまっすぐ自宅に向けて、雨の中をゆっくり歩いたのだった。
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