ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハカタ

お絵描き、テクニック!


 通所して一か月近く経とうとしていた。
 もう僕は心身ともにボロボロで疲れきっている。

 しかし、やっとのことで、運営から仕事がもらえた。
 それは元々僕が志望した小説ではなく、メイドさんのバッジにつける似顔絵だった。

 東北の方にある支店で、会ったこともない女の子の写真をテーブルに9枚ぐらい並べられた。
 熟田さんが
「超カワイイ~ 全員カワイイ~」
 と喜んでいた。
 確かに可愛い子もいる。
 けど、会ったこともないので、愛着もない。

 僕は容姿だけではなく、その人が実際に動いているところ。
 一番いいのは、ちゃんと目と目を見つめあって、話し合うことで、その人の特徴や人柄、愛嬌などを情報として入手する。
 となると写真だけでは、情報不足だ。

 ひねくれていた僕は、二人の子を選び。
 一人はちょっとあざとい子だと思い、好みではないが、逆に嫌いからのライクもあるだろうと、敢えてそれを選んだ。

 僕は下手くそながらも、アナログで書いてみた。
 さっそく講師の熟田さんに見せてみる。
「これが味噌村さんの人生で初めてのイラストですねぇ……って! なっ、なんじゃこりゃあ!」
 僕は熟田さんの驚く顔を見て、計画通りだとほくそ笑む。
 メイドさんをいい意味でも悪い意味でも、顔のパーツを誇張させまくった。
「ちょ、ちょっとぉ! なんでこんなメイドちゃんが気にしているようなことをイラストにしたんすか!」
 ブチギレる熟田さん。
「え、おもしろいかなって……」
 テーブルを激しく叩きつける熟田さん。
「おもしろさとか、いらないんっすよぉ! この子が味噌村さんに描かれて、『嬉しい~』『可愛い~』って思えるようなイラストに仕上げてください! ボツです!」
「えぇ……」

 熟田さんが、僕がその子をイジるからということで、他の子に選び直された。

 二週間、死に物狂いで描いた。
 めっちゃ下手くそなイラストだったが、最後は感動すら覚えた。
 初めてのクリスタ、板タブ。どれも新鮮だった。

 ローリーさんも
「味噌村さん、やったすね!」
 と褒めてくれた。

 涙が溢れそうだった。
 20年ぶりに社会へと復帰し、色々あった。

 その集大成だ。

 しかし、このイラスト。
 なにか物足りない。
 メイドさんに見せるということは、クソみたいなイラストでも、作者として印を残しておきたい。
 そう思った。
 だが、僕の『味噌村』という名前はつけられない。
 じゃあ、どうするか?

 そうだ。この子のバックが寂しいし、グラデーション的な意味合いでセリフを入れて見よう。

 熟田さんに声をかける。
「あの、なんか寂しいんで、背景も描いていいですか?」
「おぉ! 味噌村さん、やる気っすね! じゃあ、ここはこの設定を使えば……」
 そうして、熟田さんが背景の設定をいじりだす。
 準備ができてから、僕に「どうぞ」とペンを渡されたので、さっそく描いてみた。
 そのメイドさんの名前が『柴犬』みたいな名前だったから。

『あ~ しば漬け食いてぇ!』
 とデカデカと殴り書きした。

(うん、これでこそ、僕らしさが表現されている。満足だ)

 熟田さんに仕上がりを見てもらう。

「できました、熟田さん」
「おっ、ついに完成ですねぇ……って、なんじゃこりゃあ!」
 熟田さんは顎が外れるぐらい大きく口を開いているようだった。(マスクしているから、わからないけど)
「しばちゃんだから、しば漬け食いてぇって書けば、この子もクスッと笑うかなと思って」
「笑いません! 今すぐ消してください!」
「え? 面白くないですか?」
「だから、おもしろさとか求めてないんっすよ! 可愛さを重視してください!」
 先生である熟田さんには悪いが、この時ばかりは心の中で、こう叫んでおいた。
(クソがっ!)

 結局、背景は可愛いハート達にしましたとさ。
< 15 / 16 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop