ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハカタ

コミュ障破壊、テクニック!


 個室の面談は、僕と対面式に、所長の天拝山さんと怪しいおじさんの斑済さんの三人になった。
 福祉的な質疑応答は終わり、次は創作に関わる相談になり……。
 オタク文化には疎い、天拝山さんから斑済さんにバトンタッチ。

「味噌村さんはなにを志望ですか?」
 ニッコリと笑ってはいるが、目が笑ってない。
「えっと……ら、ラノベ。ライトノベル。小説です」
 僕がそう言うと、斑済さんは苦い顔をした。
「うーむ……。味噌村さん、残念ですが、今の時代、小説はあまり儲からないんですよ。イラストとかの方が儲かる。あとはあれです。今小学生が一番なりたい職業のユーチューバーなんてどうですか?」
 予想外の提案に僕は苦笑した。
 40才を迎えようとしている中年のおっさんが、あんな煌びやか世界に顔を出すなんてのは、なんか違うかなと。
 あそこは若い人たちの映像世界だと、僕は勝手に思っている。

「いや。僕は儲かりたいのではなく。あくまでも社会復帰。とついでに、小説の文章力をあげたい、ネット上で発表できるぐらいの描写力が欲しいだけです……」
 僕がそう言うと、斑済さんはニッコリ笑ってこう言った。
「味噌村さん、小説なんてものはセンスです」
「センス……?」
「うん、だから特にどうこう教える必要はないでしょう。それにもっと夢をでっかく持ってください。責めて、『書籍化ぐらい』とか『アニメ化してやる』ぐらいの……」
 僕はそれを聞いて、言葉に詰まる。
「えぇ……」
「そんなに驚かれることはないでしょう。私はつい先日、味噌村さんと同じく小説家志望の方と約束をしました」
「約束ですか……」
「はい、必ず芥川賞をとろうと!」

 シーンと沈黙が続いたあと、僕は緊張がブッ飛び、吹き出してしまった。

「ブフーーーッ!」
 近くにいた所長も苦笑いしていた。

 笑いを必死にこらえ、斑済さんに謝る。
「す、すみません……そんな志が高い人がいるなんて知らなくて……笑っちゃっダメですね」
 と言いながらも、僕は笑いが止まらなかった。
「うん、そうです。味噌村さんもそれぐらいの夢を抱いて、この作業所に来てください!」
 斑済さんは一切笑う事なく、真剣な眼差しで僕を見つめる。

 話題は変わり、僕の書いている小説の話題になる。
「ところで味噌村さんの作品はどんなものです?」
 ギクッとした。
 この頃、今書いている小説と言えば、リハビリ目的に書きだした。
 性癖マックスの作品。
 男の娘、女装、女装男子がヒロインのラブコメ「気にヤン」だけ。

 あとは18禁を過去に息抜きで書いたぐらい。
 ブランクが20年ぐらいあったから、彼に見せられるのはこれだけだった。

 緊張で口の中がカラカラに乾く。
「あ、あの、ラブコメです……」
「ラブコメ? なんです、それは?」
 斑済さんにそれでは伝わらなかった。
「えっとなんていうか……」
「今見せてくれるなら、作品を読ませてください」
「うっ……」
 参ったなと思いつつ、僕はスマホで自身のサイトを開いて、彼に手渡す。

 すると何を思ったのか、斑済さんは大きな声で僕の作品を音読しだした。

「ふむ。『気になるあの子はヤンキー(♂)だが、女装するとめっちゃタイプでグイグイくる!!!』」

 それまで黙っていた隣りの所長が、タイトルを聞いた瞬間、吹き出した。

「ガハハハッ! ハーッハハハ!」
「……」
 多分、僕はもう顔を真っ赤にしていたと思う。

 だが斑済さんはやめることなく、あらすじまで読みだす。

(敢えて、あらすじを引用します)
「可愛ければなんでもいい……男の娘でも……?」
「ふむ……。新宮 琢人はひょんなことから、通信制の高校に入学?」
「入学式で出会ったのは琢人のどストライクゾーン、貧乳っ! 金髪っ! 緑の瞳っ! 色白っ! ハーフの美少女……」
「……ではなく、ただのヤンキー……男の子ぉ?」
「古賀 ミハイル」
「ミハイルを見つめていたことで、『ガン飛ばした』と因縁をつけられて、彼女いや彼から「なぜだ?」との問いに、琢人は純粋に答えた」
「かわいいとおもったから?」

(いやぁ、もうやめて! 穴があったら入りたい!)

「その一言で、琢人とミハイルとの歪んだ出会いがはじまり、琢人との思惑とは裏腹にミハイルからのアプローチがすごい!?」
「しかも、じょ、女装すると? 琢人のめっちゃタイプな女の子に、だ、大変身!?」
「口調まで琢人好みに変えてくれるという神対応……」
「でも、男装? 時は塩対応……」
「あ~だから男の娘だとわかっていても、可愛ければいい?」
「禁断ラブコメディー、ここに開幕……」
「うーん……なるほどぉ……」

 読み終えるころには、天拝山さんが腹を抱えてゲラゲラ笑うし、
 お水を持ってきてくれた犬ヶ崎さんも聞こえていたのか、「んふふふ」と失笑していた。
 当の作者本人の僕は、「もうどうにでもなれ」一緒に笑うしかなかった。
 社交不安なんて、斑済さんの前では、簡単に破壊されてしまう。

 天拝山さんは、机をバンバン叩いて笑っていたが、斑済さんは至って冷静な態度を保っていた。
 そして、こう言う。
「うん……掴みはオッケーて感じですね」
「は、はい……」
 というか、自分で読んだのだから、責めて笑ってほしいと思った。
 真顔で言うから、しんどい。

「これはどこで読めるんですか?」
「あ、その『小説家になろう』というサイトで読めます」
「わかりました。あとで読ませていただきます」
「あ、ありがとうございます」
 ほぼ初めての読者と言っても、過言ではないだろう。

 ガチガチに緊張していた僕は、羞恥プレイを食らって、心身ともに疲弊していた。

 まあ、この日にもう通所を決めたのだが。
 他の人も同じような面接をされたのかと思うと、僕はちょっと心配だった。
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