しあわせににおいがあったら、(掌編集)

初めての一人暮らしは失敗ばかり。寂しくて眠れなくて寝坊するし、ポケットに財布を入れたまま洗濯しちゃうし、レンジでチンした卵は爆発するし、レシピ通りに作ったはずの角煮は木材みたいにかっちかちだし。でも人は成長する。三度目の角煮は柔らかくてほろほろで「私天才!」と叫んだよ。



夕方。ふ、と見上げた空に浮かんでいた月が、カレーパンに見えて。食いしん坊みたいだ、と笑いながらツイッターを見たら、ちょうど空と月の写真を載せている人がいて。ああ、今、この瞬間、わたしと同じように空を眺めていた人がいたんだ、って。また笑った。



窓を開けると突き抜けるような青が広がっていて、背筋が震えた。空はこんなにも美しく、清々しく輝いているのに、私はひとりぼっちだ。世の中はこんなにも人や物で溢れかえっているのに、360度見回してみても、知っているものは何もない。これを孤独と言わず、何と呼ぶのだ。だから私は震えている。



改札を出ると、正面にあった伊達政宗公の銅像がなくなっていて驚いた。引っ越してから十数年、この地に戻ることはなかったけれど、まさかあの待ち合わせ場所がなくなっているとは。記憶は鮮明に残っているのに、景色は容赦なく変わる。時の流れを感じながら、見知らぬ空気を吸い込んだ。



百年分の思い出が詰まった祖母の実家が取り壊された。祖母はひどく寂しがっていたけれど、片付けの最中に見つかった数枚の古い写真を見て、顔を綻ばせた。形ある物はいつか朽ち果てるが、思い出は色褪せない。思い出話に花を咲かせる祖母たちの表情は、少女そのものだった。


< 15 / 15 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:1

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作家の他の作品

立ち止まって、振り向いて
真崎優/著

総文字数/10,423

恋愛(ラブコメ)9ページ

表紙を見る
叶わぬ恋ほど忘れ難い
真崎優/著

総文字数/44,288

恋愛(純愛)47ページ

表紙を見る
添い寝インセンティブ
真崎優/著

総文字数/3,548

恋愛(ラブコメ)4ページ

表紙を見る

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop