ぼくらは薔薇を愛でる

執事の思い

 それから何度か日を違えて、レグはクラレットを見かけた。たいていは侍女を伴っており、父親らしき男性と歩いている時もあった。書店に仕立て屋、焼き菓子店あたりで見かける事が多く、この前はレストランから出てくるのを見た。広場のベンチに腰掛け、フレッシュジュースを片手に道ゆく人を眺めている日もあった。

 紙の袋を胸の前で大事そうに抱えて焼き菓子店から出てきた姿を見かけた時は、笑顔でいっぱいで、好きな菓子をたくさん買えたのだろうかと思うと、レグも不思議と嬉しくなった。あの子の笑顔をもっと見たい。その笑顔を引き出すのが自分でありたい。そんな気持ちを抱えたまま帰宅すると、きまって執事に揶揄(からか)われた。

「おかえりなさいませ。おや、お顔どうなさったんですか?」
「え、何かおかしいか?」
 頬を触ったりして少し慌て、執事に聞いた。どこも痛くない。汚れているのだろうか。

「――いつもより、締まりのないお顔をなさっていますよ」
 くつくつと笑う執事。言われた意味を理解して、顔が熱くなる。

「こ、これはだな!」
「楽しいことがあったんでございますね、よろしゅうございました。お風呂の支度はできておりますよ」
「あ、ああ、ありがとう」
 言い訳する暇がないくらい、とてもスムーズに風呂に追いやられた気のするレグ。だがこれ以上執事と話していてはさらに揶揄われる。だから言われた通りに部屋へ急いだ。

*  *  *

 執事は、部屋へ向かう主の小さな背中を見つめていた。

 王子に生まれただけでなく、その御身に痣を持っているが故、国のために決められた相手との婚姻からは逃げられないはずだったレグホーン様は、ご自身で妃となる相手を見つけたいと王に直訴されたと聞いた。そのためには子供のうちにいろいろな経験をしたい、旅に出ても困らないような知識を得たいと王を説き伏せ、そうして現在はこの屋敷で、幾つもの職業を体験なさっておいでだ。

 王子ならば、その身分を以っての旅が可能で、護衛をつけ、寝食に困らない安全な旅ができるのに、だ。

 はじめは道楽王子のわがままなのだろうと思った。早々に根を上げられるだろうと侮っていた。だが実際にお会いしてみれば、その思いは真剣なもので、お教えした家事も厭わずになさる。良い加減な姿勢ではないのだとわかった。

 体験先で叱られる事は間々あるようで、不貞腐れて帰宅する日は少なくなかった。すっかり疲れ切ってようやく帰ってきた日もある。だが今日は笑顔で帰宅された。職場で褒められたか、或いは先日の御令嬢と再会されたのだろう。

 城に居てはおよそ体験できない事に直面しては戸惑い、悩み、落ち込んだりもするし、好みの女の子を見かけて喜ぶくらい普通の子供だ。どうかこの方が、望む未来をその手にできますよう。出会いたい人と出会え、幸せを感じる日が訪れますよう。

 小さな主の幸せをただ祈った。
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