ぼくらは薔薇を愛でる
 ティースタンドがほぼ空になる頃、クラレットがこの国に来た理由を少しだけ話した。

「赤ちゃんの頃から皮膚病を持っていてね、この国には皮膚科の名医がいると聞いたお父様が、今回仕事のついでに受診してみようって予約してくれて、それで来たの」
「皮膚病って、ひどいの?」
「たいしたことじゃないの、痛くないし痒くない。あっ! うつったりしないから安心して」
 胸のあたりの生地をキュッと掴む。痣のある辺りで、クセになっていた。

「それは気にしないよ。それで治るの?」
「外科的に処置をすれば消えるかもって言われたけど、それはお断りしたの。痛いの嫌だもの」
 うつむくクラレット。

「そうか。何かもっと他に楽になる方法があればいいんだけどな。けどいま何も辛くないんだろう? それならよかった、安心した」
 そう言って笑ってみせ、お茶を啜った。

 ――この街の皮膚科ならあそこか……。

 扉近くに控えている執事と視線が合う。軽く頷いた執事はそっと部屋を出て行った。

「レグ、お腹いっぱいになっちゃった」
 背もたれに寄りかかって、ふぅ、と息を吐くクラレットに、屋敷の案内を提案した。

「そしたら狭いけど屋敷を案内するよ。それから中庭も。少し歩こうか」
 立ち上がったレグはクラレットに手を差し出した。もう何度触れてもあの時のような衝撃は起きない。安心してクラレットも手を重ねることができた。

 中庭にある小さな温室がクラレットは気に入った。古びたガラスがはめ込まれていて、白かったであろう外観は経年により灰色になっている。それがとても味のある佇まいになっていて、ワクワクした。

「この家の、前の持ち主が作った温室だよ。古いけど中には薔薇の株が残ってるんだ、手入れすれば花が咲くかもしれないな。今は手を入れてないから何も咲いてないんだけどね」
 中を覗けば、そこには確かに薔薇の古い株がいくつかあった。道具もそのままに残されていて、なるほど、手入れをすれば良い環境なのだろうと感じた。手を引かれ中をひと回りして、温室の前にベンチに腰掛ける。

「レグの社会勉強は何歳までなの」
「あと3年、15歳までだよ。今の職場はあと数日かな。そこが終わったら少し間を開けて、また別のところにいくよ」
「次はどこ?」
「屋台街があったろう? 行ったことある? あそこで色んな屋台を体験させてもらう予定」
「そこはまだ行ってない」
 パープルと街を何度も歩いているけれど、屋台街は人も一際多い上に、飛び交う言葉、声、色々の迫力がありすぎて近づけなかった。

「なら僕が案内してあげる、昼の休憩に歩けばちょうどいい」
「ほんとう? たのしみ! でもレグの邪魔にならない?」
「それは平気! 要領がいいから!」
 へへっと笑うレグ。だがすぐ表情を曇らせてしまった。

「レグ?」
「――要領がいいからって見栄張ったけど、本当は見栄張ってるどころじゃないくらい、時々思うんだ。これでよかったのかなって。僕のわがままで家の決まりを曲げてるわけだから……」
 10歳のあの夜会で、痣を持つ令嬢の中から一人を選べなかった。あえて選ばなかったわけじゃない。痣が何の反応も示さなかったのだから選べなかったのだ。選ばれなかった家々からは苦情等は来ていないと聞くが、もし選んでいたら……と、たまに思い詰めてしまう。

「けど、いい加減な気持ちで言ったわけじゃないんでしょう?」
「それは! もちろん!」
 俯いていた顔を上げて、クラレットの方を向いて言った。そのレグの顔を見ながらクラレットは続けて言った。

「もし、レグがただの、本当にただのわがままなおバカさんだったら、きっと大人たちはここまで力を貸してくれないと思うわ」
 今の状況を許されているのなら、大人に守られているうちにやるべき事をし続けるだけ……クラレットはそう思う。

「君、ほんとうに10歳? そうかな……この前から情けないところを見られているなあ」
 あー、と声をあげて椅子に背を預けのけぞる。それを見てくすくす笑うクラレット。

「カッコつけたかったのに!」
「ふふっ。レグはどんなだってかっこいいよ」
 言ったほうも、言われたほうも、一瞬動きを止める。その意味を理解したのち、二人はポポポと頬を赤らめた。
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