ぼくらは薔薇を愛でる

「自警団は、もともとお嬢様をお守りするために結成したと言ったな。だから今から話す事は真っ先に俺たちに報告があった。町長はもちろん知っているが、他の町の奴らは知らない者が多い。兄さんらも口外しないでくれるか」
 団長の迫力に四人は顔を見合わせる。レグホーンは小さく頷くと、食事の手をとめ座り直し背筋を伸ばした。
「もちろんだ、約束する」
 団長は、ん、とひとつ頷いて話を始めた。
「ここはカーマイン、バーガンディ公爵家領地だ。事件が起きてすぐ領地の丘の上のお屋敷へ早馬が来た。お嬢様がこちらにいらっしゃるという通知と、婚約は破棄された事、また婚約相手だった男がやってきても屋敷へ入れるべからず、といった内容の報せだった。婚約破棄と聞いて、何があったかはわからねぇが、とにかくお嬢様をお守りしなきゃって俺たちは団結し、気を引き締めた。何があったかお屋敷に聞きに行くわけにはいかねぇ。そしたら王都へ商売に出た仲間が貴族の屋敷に荷を届けた時に、そこの使用人らから聞いた話をつなげてみると、未遂だったらしいが元婚約者に暴行されそ」
「暴行だと?!!!」
 声を荒げてレグホーンは立ち上がった。
「彼は未遂だと言った、落ち着け」
 ゼニスがこれを宥める。腰ベルトを掴んで座るよう促し、果実水をすすめた。

「ああ、未遂だ。お嬢様に傷は一つついてねえ。ただ、心の傷は見えねぇから……危ないところを旦那様が止めに入ったが、激昂した旦那様はそいつを殴ったらしい。その日のうちに先方へ乗り込んでその場で婚約は解消されたって話だ。あと数ヶ月で式を挙げる予定だった。そんな時に、あいつは……!」
 テーブルを拳で殴る団長。
「お嬢様はその日の夜からお屋敷にいらっしゃる。ここは領地だからな。しばらく屋敷の部屋から出てこなかったと聞いたが、今日は久しぶりに街においでなすったんだ、そこをあいつらに狙われて」
「どれほど怖かっただろう……」
 レグホーンはテーブルの上で手を握り締めた。

「その元婚約者からは暴言もあったし、使用人達も暴行を受けたというから益々許せねぇ。だいたい貴族だろうが平民だろうが同じ人間なんだ、身分が高いからって蔑んでいい理由にはならねぇ。威張っていい理由にもならねぇ。そいつのことは領地で謹慎させているという話だが、奴の家は良い噂を聞かない。大人しくしているかどうか怪しいもんだ!」
「なるほどな――」
「お嬢様は、お小さい頃に母君を亡くされたんだ、旦那様が留守の時はこっちにいて、領主のひとり娘と言う事で何かあっちゃいけねぇから、お守りする我らが結成されたのよ。だから今日の出来事は肝を冷やした。今日みたいな時の為に俺らは結成されたのに。だから本当に兄さんらには感謝しかないんだ」
 隣に座った男性がドラブの肩を、半泣きで叩いてくる。バンバンと叩かれて痛い。助けを求めるようにその痛みのままレグホーンの肩を抱いた。
「あ、ああ。助ける事ができてよかったよ、な、レグ!」
 表情の硬いレグホーンは考え込む。
「ところで兄さんら、明日はどうするんだ、祭ならもう少し先だぞ」
 一気にしゃべった団長はグラスの酒を一気にあおった。
「祭があるのか? 王都へ行ってみたいんだ、バーガンディ侯爵に会いたい。それに調べたいこともできた」
「そうか、なら日の出頃に出たらいい。馬だろう? 夕方には向こうに着けるぜ。途中で食べる弁当はいるか?」
「それはありがたい、頼みたい。明朝発つから宿代諸々の精算を今のうちに頼めるか」
「いい、お代は! お嬢様を守ってくれただけで、もう!」
 顔の前で手を振る団長は、レグホーンの荷物に視線をやった。
「そういや、兄さんは前にもここに来た事があるのか?」
「ん? なぜだ」
「そのクマのぬいぐるみよ、お嬢様のクマだろう、祭の時だけバザーで売られてるやつ。しかしずいぶん年季が入ってるなあ」
「はは、そうだろう――宝物なんだ。とっても大事な」
 クマを両手で包んで、とても愛おしそうに見つめた。
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