ぼくらは薔薇を愛でる

 それから間も無くして、客間の用意が整った部屋に案内された。荷解きをし、風呂に入ってから自由に過ごした。夕食は食堂で皆と一緒に食べた。旅の話やローシェンナの話を、使用人等も身を乗り出し目を輝かせて聞いてくれた。クラレットも終始笑顔で、時に声を上げて笑いもした。
「こんなに楽しい食事は久しぶり」
 そう呟いたのを、隣に座るレグホーンは聞いた。怖いはずだろうに、打ち解けてくれる様子に、ほんの少し安心もした。怖かった記憶はいずれ薄れていくだろう。それを上書きするのが自分でありたい。強く思った。

 その日の夜、クラウドが熱を出した。
 夕食が終わる頃になって、目つきがポヤッとしていて受け応えがふわふわしているクラウドの異変にマルーンが気がついた。
「クラウド? おまえどうした、熱があるんじゃないか」

 すぐさま医者が呼ばれた。熱だけで、咳や鼻水といった症状は無い。呼吸音も心音もきれいだし、旅の疲れが出たのだろうが、感染性の熱だといけないから個室隔離するよう指示を受けた。
 もし伝染するような病ならば祭前の領地に流行らせてしまうわけにいかない。お客様に申し訳がないけれど、それが最善であるとクラレットは判断し、クラウドにはしばらく部屋から出ないように話した。彼の世話をする者を限定し、食事は部屋へ運ばせることになった。
「少しの間、不便で心細いでしょうが堪えてください、何かありましたらこちらのベルを鳴らしていただければすぐに誰かが参ります」
 クラウドの手の届く枕元にベルを置く。
「申し訳ない……」
「いいんですよ、熱が出たのが今日でよかったんです、旅の途中だったら寝めませんから。ゆっくりお休み下さいね」

 皆が退室し、一人残された部屋で、もうこれは寝るしかないと思った時、ふわっと花の香りがした。香りの元を視線で探せば、ベルのそばには小さなクマが置かれていた。
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