好きの濃度
 
 
 あの人は、そこそこ抵抗もなく、誰にでも唇を寄せることの出来る人なんだろう――

 きっと。







 都内に就職をし、通勤時間の負担を徐々に感じ始めていた頃、友達の伝手でシェアハウスを紹介された。実家暮らしで家族大好きだった私は、独りより誰かの存在を感じられるほうがいいかもしれないと思い興味をもって、すぐに連絡をとったのだった。


 内見した先のシェアハウスは都内の一軒家で、電車の乗り継ぎもなくて通勤にもとても便利だった。
 女性も男性も入居可だというシェアハウスだったけれど、個人の部屋やキッチン以外の水回りが階で男女区別されていて、少しほっとした。共有スペースも手狭そうな印象はなくて、リビングにあった大きなソファーの座り心地の良さに密かに感動もした。


 見学が終わる頃には、私は半分以上ここに住む心を決めてしまっていた。管理会社の人の他に出迎えてくれた、先住者の優しそうな男性が、質問や不安に対して丁寧に答えてくれたのが大きかったのかもしれない。
 男性は、私よりも少し歳上の頼れるお兄さんのような人だった。緊張で萎縮する私をとても気遣ってくれながら、ずっと自身の高すぎる身長が威圧していると落ち込んでいて。そんなことないと訂正すると笑顔になってくれ、下がる目尻が可愛くも感じる。家を含め、隔たりを感じさせない雰囲気に安心したと伝えると、向こうも私と同じくらい緊張をしていたらしく、その目尻が更に下りていた。


「来てくれたら全力で歓迎します」


 そう言ってくれた先住者の男性――宮野さん――に密かに憧れを抱きながらの入居決定と引っ越しのすぐあと、そんな情はすぐさま捨ててしまえと己に言い聞かせる出来事があったけれど……。




 私が無事引っ越しを済ませた週末に歓迎会を開いてもらえ、改めて全員と顔を合わせることと挨拶も済ませることも出来た。
 

 楽しい気持ちで夜更けを迎えたはずなのにホームシックになってしまった私は、さっきまで歓迎会で賑やかだったリビングに足を踏み入れると、その静寂さのギャップにソファーの上で膝を抱え、何故だか心細さを覚え泣いてしまった。


 しばらくそうしていたら、いつの間にか私の頭はソファーの肘掛けを枕にして眠ってしまったみたいで。


「……――」


 ――なんだろう?


 ふわりと、目尻に何かが触れたような感覚で目が覚めた。



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