それでも愛がたりなくて
元々口数の少ない人だった。
決して甘い言葉を囁くような人ではないし、街中で手を繋ぐようなこともしない。

斎藤賢治(さいとうけんじ)とは、三年間の交際を経て五年前に結婚した。
塔子(とうこ)の馴染みの居酒屋で、隣の席に居合わせた賢治に塔子が声を掛けたのだ。

「食の好みが一緒みたいですね」

「え?」

突然声を掛けられ驚いた様子の賢治だったが、塔子のテーブルを見て表情を緩めた。

「へえ、女の子なのに渋いね」

枝豆、焼きなす、塩炒り銀杏、ブリカマの塩焼きに牛スジ煮込み――二人のテーブルに並ぶ料理が、全く同じものだったのだ。


その日を境に、賢治と店でよく顔を合わせるようになった。
「一緒に食べませんか?」と声を掛けたのも、「今度どこか連れて行ってください」とデートに誘ったのも、塔子の方からだった。そして二ヶ月後に交際が始まった。
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