近くて遠い幼なじみの恋
1匹目、魚と水
あーちゃん
あーちゃんあーちゃん

何万回、何億回言ったって飽きる事がない言葉



「うるさい。さち起きろ」

夢うつつで呼んでいた言葉を一切受け付けない冷たい声で一刀両断される

20年は続く鼻を摘まれて起こされる朝

「いひゃい(痛い)」

「だったら起きろ」

「はい…」

とにかく返事して布団から両手を出して広げるポーズをした

「バカなの?」

蔑んだ目で見下ろされて一瞬怯んだけど今日も負けずに私にとっての魔法の言葉を唱えた


「あーちゃん」



***



「また懲りずに怒られたの?」

「今日は活きの良い鯵(アジ)入ってるよー」

鯵を片手に近所に住む同級生の竹下佳奈(たけしたかな)にお勧めする

今朝水揚げされたばかりの物を父親が買い付けて【魚幸(うおこう)】で売る
創業80年の地味で古いお店だけど私は好き。

「朝どうしても起きれないんだよね…」

佳奈は私のお勧めを「3匹」と言って溜息を吐いた。
新鮮な鯵を秤にのせてグラム数を確認しプリントされた金額をビニール袋にペタッと貼る

「それ、魚屋さんには痛くない?」

「絶対市場には行けなーい!」

朝が早い魚屋に産まれて25年。
幸こと日向幸(ひなたさち)は1度も1人で起きれた試しがない

「絢(あや)くんも大変な幼なじみ持ったね…」

そう言って商店街の裏にある丘を見上げた
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