円満な婚約破棄と一流タンクを目指す伯爵令嬢の物語
 レオンに運ばれる途中、頭が逆さの状態ではあったけれど、遠くに次兄のスタンがいるのが見えた。
 
 昼にスタンのことを「かっこいい」と言っていた女子と一緒に馬に跨っている。
 そして、柵の外側で手を振っている女子たちに笑顔で手を振り返している。

 なるほど、ああいうのを「チャラい」と言うのね?

 それはルームメイトで「本の虫」であるリリーが教えてくれた言葉で、どこかの国では軽薄な男のことをそう表現するらしい。
 語源などはよくわからないけれど、妙にしっくりくる言葉だと思った。



 医務室、というよりは休憩室のような部屋でようやく下ろしてもらえた。
 部屋に入るまでは荷物と同じような扱いで担がれていたのに、今はとても丁寧に扱われている。

「手首大丈夫か?すごい音がしたけど」
「大丈夫よ、ジンジンしてるだけで何ともないわ」

 レオンの顔は、騎士ではなく妹を心配する兄の顔に戻っている。

「あんまり目立つことばかりするな。それと、疲れは大怪我の元だ、調子に乗るなよ」

 いえ、目立ちたくてやってるんだってば!わたしは騎士になりたいんだもの!

 そう言ったら、兄はさらに怒るだろう。
 疲れが見え始めたわたしのことを心配して、ああいう形で止めてくれたんだ。

「ありがとう、お兄様」
 ここは、しおらしくお礼を言っておく方が得策だ。

「それと……」
 いつも歯切れのいいレオンが、何か言いにくそうにしている。

「マリアンヌ嬢のことを、なんでおまえが知ってるんだっ!」

 まあ、お兄様ったら赤くなっちゃって、可愛らしいわね。
「スタンお兄様に聞いたに決まってるじゃない。非番の日は通い詰めているんですってね、マリアンヌちゃんのお菓子屋さんに」

「スタンめ~っ!あいつ、殺すっ!」

 一目惚れらしい。
 マリアンヌの作る焼き菓子が絶品で、店内には小さなカフェスペースもあり、兄はほかの男がマリアンヌに言い寄ったりしないように時間の許す限りそのテーブルに居座っているんだとか。
 
 それって営業妨害なんじゃないだろうか。
 とにかく、現在進行形で猛アタック中らしい。

 まるっきり父と母の馴れ初めと一緒じゃないか。
 親子って似るのかしらねえ?
 でも、そのマリアンヌちゃんが兄のお嫁さんになってくれたら、お菓子作りが趣味の母が泣いて喜びそうだ。

 よし、おちょくってないで応援しよう。

「レオンお兄様、今度わたしもそのお店に連れて行ってちょうだい」

 するとレオンは、少し照れくさそうに笑って頷いたのだった。


< 60 / 182 >

この作品をシェア

pagetop