天敵弁護士は臆病なかりそめ妻を愛し尽くす
「ほんとにね。あの人の心臓どうなってるんだろうね。でもね、イライラしても彼は変わらないわ」

 呆れた様子だけれど、それが彼だと周りが認めてしまっている。

 だからって許されるのは間違っていると思うの! 

 まだ収まらない怒りを抱えたまま、給湯室に向かう。

 こうなったらマグマのごとく熱いコーヒーを淹れてしまおうか。

 怒りに任せてそんなことを考えたが、もちろん普通のコーヒーを用意する。彼はいつも近くの喫茶店で扱うコーヒーが好きで、この給湯室に備え付けてある。

「もう、鮫島先生なんて依頼人に怒られちゃえばいいんだ」

 ぶつぶつと文句を言っていたら、給湯室を出るころに気持ちが落ち着いた。

 応接室の扉をノックするとすぐに「はい」と返事があったので、中に入る。

 依頼人の女性、怒ってるだろうなぁ。

 約束の時間に三十分も遅れたのだ。怒らない人なんていないだろう。ピリピリした空気を覚悟して中に入ったにもかかわらず、笑い声が聞こえてきてびっくりした。

 思わずその場に立ち尽くして、ふたりの様子を見る。固まっている純菜の様子がおかしいと気が付いた壱生が声をかける。

「矢吹、どうかした? 俺、喉渇いたんだけど」

「あ……すみません」

 お客様の前にコーヒーと茶菓子を置き、すでに冷たくなっていた湯呑を下げた。

その後壱生の前にコーヒーを置くと「失礼します」と声をかけて部屋を出た。

 その間、依頼主は純菜の方を一度も見ないほど壱生との話に夢中になっていた。

 いったいどうしたら、あんな和やかに話ができるの?

 腑に落ちないままデスクに戻る。するとその様子を見ていた葵がニヤニヤ意味ありげな笑みを向けてきた。

「お客様、笑ってたんじゃない?」

「どうしてそれを?」

 あの状況ではありえない室内の様子がなぜわかったのか、不思議になって尋ねる。

 葵はしたり顔で教えてくれる。

「だって、あなたも知ってると思うけどいつもの事じゃない。鮫島先生が無類の人たらしだってことを」

「それはそうですけど……今日ばかりは相手の方、怒って帰られるんじゃないかとひやひやしました」

 それは純菜が壱生があまりにも遅いので、一度依頼人にもうしばらく待って欲しいと謝罪にいったときの不満そうな態度を見ていたからだ。

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