夜を越える熱
正直、彼女が帰ってしまってがっかりした気持ちもあったが、内心ほっとしていた。──



出会いを求めていない、まだ傷が生々しくてそれどころではないだろう女性を前にして、深入りするのはどうかと思ったのだ。




─…それが、その女性が急に目の前に現れたかと思えば、部長が好きになりそうだと言い出したのだ。


「ね、今井さん、なんで部長室の近くにいたの?あの部署の人?」

明るくなった顔で藍香が聞いてくる。

「あの人、…最初怖いかと思ったら優しいね……。私叱られると思ったの。でも全然責められなかったよ」


茶色の瞳が何かを思い出すように伏せられる。入るときにはなかった飲み物を手にしているところを見ると、部長室でもらったのだろう。




「……俺は、部署はあそこだけどよく藤崎部長に呼ばれるんだ。……気に入ってくれてて。課長は忙しいから、代わりに俺に色々任されるんだよ」

複雑な思いでそう答える。

恭佑は藤崎部長にはかなり気に入られている。……ここに配属になり、ある時会議資料の案を作成したところ、部長室に呼ばれて褒められた。


そこでした、今後の仕事の方向性についての話がよく合い、その時からよく呼ばれては仕事を任されるようになったのだ。




それは本来課長がするようなものだったりしたが、恭佑の仕事の出来栄えに部長は感心し、次第に内密の仕事まで任されるようになっていった。

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