さよならと誓いのキス
「ああ、うん、一応ね」
 琴乃と同じ答えに、プッと噴き出してしまった。

「ね、一応って言ってしまうでしょう」
 大声ではないが、クスクスと笑いが止まらなくなった。それからは互いの話を聞き合った。出身地や年齢、学生の頃の思い出から社員食堂のおすすめまで、他愛のない話をした。

「おっと、そろそろ戻らないと。諏訪原さんは何時まで?」
 腕時計を見ながら聞いてきた。

「15時までです、今日は早番でしたから」
 玄関ロビーや廊下の掃除はなるべく社員の少ない早朝に行うため、たまに早朝6時出勤の早番が回ってくる。今日はその日だった。

「そうか、じゃああと少しだな。お疲れ様、また明日」
「はい、柴さんも。午後がんばってください」
 軽く手をあげて柴は去っていった。
 残った琴乃は、いただいた名刺を胸ポケットにしまい、次の清掃箇所へ向かった。胸が、なんとなくホワホワと踊るような感覚を覚えた。
 次の日の朝、柴が出勤してくるのが見えた。昨日の件で柴との距離が近くなったように感じた琴乃は、この時が待ち遠しかった。朝の挨拶を、と思っていたが、柴が女性社員と並んで歩いているのが見えて、思わず背を向けワゴンの中を整理するふりをした。
 そのままやり過ごそうと思っていたのに、振り向いたら柴と視線があって、笑顔で手をあげてきた。あれは明らかに琴乃へ向けた挨拶で、琴乃も軽く手をあげ応えたが、照れから再び背中を向けてしまった。
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