冬のあしおと
~冬のあしおと~ prologue
 少量の雪は美しいが、大量の雪は人間を困らせる。

 そんな、大量の雪を運んでくる俺は嫌われ者だ。
 けれど、この街にはただ一人。そんな俺を認めてくれる人が居た。

 冬生まれで雪が大好き。

 俺がどんなに雪を降らせても、どんなに冷たい風を吹いても。
 その女子高生だけはいつも心を躍らせていた。

 女子高生の名前は卯月(うづき)菜々(なな)
 俺の、大切な人。
 けれど、俺がどんなに想っても――俺の姿は菜々(彼女)には映らない。
 俺の正体は冬、季節の冬だ。
 誰の目にも映らず、寒さを連れてやって来る――。


 *+*+*+

 雪の積もった並木道を、卯月菜々は一人で歩いていた。

 高校からの帰り道。浮かない顔の菜々の足取りは重い。

 今日は三月十四日、ホワイトデー。
 葉の落ちた木の枝に積もった雪は、寂しげだった木々を美しい銀色に輝かせている。
 立ち止まった菜々が空を見上げると、綺麗な青空が広がっていた。
 辺り一面は菜々の大好きな雪で覆われているのに、彼女はいつものように心を躍らせることが出来ない。
 菜々は学校で見た物を思い出して、目の前の銀世界を楽しめない事にもやる瀬なさが増した。
 溜め息を吐いて、菜々は再び歩き出す。

 しばらくすると、季節外れの雪が降り出した。
 近くにそびえる山脈の吹き下ろしで、冬が長く雪の多いこの地域でも、三月に降るとは珍しい。
 菜々が思わず見上げた空は、先程とは打って変わって、菜々の心と同じ曇天だった。
 なんとなく、菜々は灰色の空を見つめていた。
 シャリシャリ、という雪を踏む独特の足音がして、菜々は振り返った。


 *+*+*+

 冬の俺が、この街に来て数か月が経つ。
 俺はこの街の居心地が良くて、ついつい長居をしてしまっていた。
 長過ぎる冬に、文句を言う人々が例年(いつも)より増えていた。
 街の人々がどれだけ文句を言っても、俺は気にしなかった。やっと出会えた自分を認めてくれる人――大切な彼女(菜々)の傍に居たくて、三月という春の月になっても、俺は街に居続けた。


 ぽすっぽすっと雪を踏む独特の足音を聞いたのは、三月十四日。ホワイトデー。
 誰の足音かはすぐにわかった。
 足音の主である菜々が並木道を歩いていた。茶色のコートや黒を基調としたチェック柄のマフラー、マフラーと雰囲気の似た手袋の組み合わせは、学生らしい決して派手で無い物だった。
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