崖っぷち王子、妻を雇う

彼らが詰所に到着したのはグレイが驚愕の事実に打ちのめされてから、数時間後のことであった。

昼過ぎには到着するという事前の連絡より少し遅れ、夕日が辺りを照らし始めた頃にようやく入門の一報が入る。

「来たか」

部隊が首都壁を抜け、外壁を抜け、玉石街へと入り詰所までやって来るのをラルフは首を長くして待っていた。

そうとは知らぬ彼らは長時間の移動に耐えた身体を労り、ゆっくり旅装を改めてから団長への帰還の挨拶に向かったのであった。

「団長、ただいま戻りました」
「団長、ただいま戻りましたわ」

片膝を床につき声を揃えて挨拶する2人の団員の姿を見てラルフは殊更に帰還を喜んだ。

「キール、ニキ殿!!よく戻ったな!!形式的な挨拶はそれくらいにして顔を上げてくれ」

ラルフにそう言われるとニキは即座に立ち上がった。

「到着が遅くなり本当に申し訳ありませんでした。この女狂いの副団長が方々の街で娼館に寄ると言って聞かなくて……。首根っこ引っ張って引き剝がすのがとっても大変でしたわ~」

レジランカ騎士団、歴代初の女性部隊長、ニキ・ワレンズは共に演習地から引き上げてきた副団長への恨みつらみを速攻で団長に告げ口をした。

栗色の髪は肩口で綺麗に切り揃えられており、口元にある小さなほくろが否応なしに女性の色香を感じさせていた。

身長こそ平均より高いが腕も腰も普通の女性のように細く、ちょっと見ただけでは騎士団員それも部隊長を務めているとはとても思えないだろう。

ワレンズ侯爵家はリンデルワーグ王国屈指の武人の家系である。

ニキはその直系の血筋を受け継いでおり、おっとりとした口調からは想像もできぬ剛剣の使い手である。

「こんな人目を引く良い男が歩いていたら、声を掛けてくるのは当然だろ?勇気ある女性達を無視するなんて男としてできませんよね、団長?」

レジランカ騎士団副団長キール・デルモンドはあろうことか告げ口された上官本人に助け船を求めた。

「ははは。相変わらずだな、キール」

芝居役者のような整った顔立ちは女性から大いに好かれ、本人もそれを自覚しておりかなりの頻度で活用している。

人懐こい性格とあっけらかんとした物言いは老若男女問わず好かれる性質である。同じ副団長であるグレイと性格は対照的だか、剣の腕は勝るとも劣らない。ひとたび戦場に立てば縦横無尽の活躍を見せてくれる。

「ニキ殿、シド殿達は息災であったか?」

「はい!!叔父上も久しぶりに私の顔見られて嬉しいと、それはたっぷり鍛えて頂きましたわ」

キールとニキが3か月の間、演習先として滞在していた西方騎士団の団長はニキの叔父、シド・ワレンズが務めている。ワレンズ家の領地からほど近いため、近縁が多く入団することで知られている。

王都に本部があるレジランカ騎士団とは異なり、東西南北を守る4つの騎士団はそれぞれ隣接する国からの攻撃に備え相対する国と同じ戦術に特化している。

深い森と山に囲まれた北国マガンダと北方騎士団は遊撃戦。
広大な平原を駆ける西国クルスと西方騎士団は騎馬戦。
築城と堅牢な守りを誇る東国ライルブルと東方騎士団は籠城戦。
雄大な海と天候を操る南国バンデルと南方騎士団は海上戦。

レジランカ騎士団では各騎士団の知見を集約する意味合いもあり、定期的に部隊を派遣し演習を行っているのである。
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