ショートカットの日

 髪を切ったあと初めての出勤の日は、みんなが二度見をして「失恋したの⁉」「何か悪いことしたの⁉」と大騒ぎ。失恋はまだしも、悪いことなんてするわけがない。何年も一緒に働いてきた同僚のはずなのに、みんなわたしを何だと思っているのだ。

 特に同期の中村がひどかった。
 三度見をした挙げ句わたしの肩を掴み、ぐわんぐわんと前後に揺さぶりながら「どこのどいつに何されたんだ! そんなひどい男と付き合ってんのか? その男に切られたのか? もしや男に貢ぐために髪を売ったわけじゃないよな⁉」

 いや、妄想がひどい。どこをどうしたらそんな結論に至るのだ。

「邪魔だったから切っただけだよ」

 中村のごつごつした手を退けながら言うと、彼はほっと胸を撫で下ろしながら「良い男と付き合ってるってことでいいんだな」と。あくまでわたしに恋人がいる前提で話をまとめる。

 恋人なんて、もう何年もいないのに。まあ、恋人になりたいなって思う人はいるけれど、如何せん鈍感で鈍感で……。


 いい加減察してくれないかなあ、なんて考えながら、ちらりと彼に視線を向けるけれど、分かり切ったことだった。そんな高等技術を持っているわけがない。この鈍感さは、何年も前に気付いている。

 髪を切って気分を変えたのを機に、彼に対してもっと積極的になってみようかな、と。これはもうわたしがどんどんアプローチするしかないかな、と。年齢よりずっと若く見える顔を見上げながらぼんやり考えていたら、中村が急に「ロングも好きだったけど、ショートも似合うな、可愛いよ」なんて言い出すから。子犬みたいに愛らしく笑うから。

 わたしは、すっきりした後頭部を撫でつけながら、動き出す決意をした。



(了)
< 2 / 2 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:18

この作品の感想を3つまで選択できます。

  • 処理中にエラーが発生したためひとこと感想を投票できません。
  • 投票する

この作家の他の作品

すきとおるし
真崎優/著

総文字数/17,307

恋愛(純愛)21ページ

表紙を見る 表紙を閉じる
わたしの時間は二年前から止まったまま。わたしの身体は二十七歳になったというのに、心は二十五歳のあの日のままだ。 実感のない、感情のない死が、これほどまでに大きいものだとは。 死というものが、これほどまでに透き通ったものだとは……。
立ち止まって、振り向いて
真崎優/著

総文字数/10,423

恋愛(ラブコメ)9ページ

表紙を見る 表紙を閉じる
悲しいくらいにわたしを異性として意識していないあの人は、わたしが今夜先輩の部屋にお邪魔したと言ったら、どういう反応をするだろうか。 先輩の部屋を訪ねた理由を「立ち止まって振り向きたかったからだ」と話したら、どう返すだろうか。 きっと大笑いは見られない。 恐らくいつも通りニュートラルな様子のまま「おまえはいつも変なことをするし、変なことを言うね」と、呆れた様子で言うだろう。
叶わぬ恋ほど忘れ難い
真崎優/著

総文字数/44,288

恋愛(純愛)47ページ

表紙を見る 表紙を閉じる
※更新中※ この恋は、わたしが初めて経験する本気の恋だ、と。すでに気付いていた。一生で一度、あるかどうかの、本気の恋だ。 でもこの恋心は、決して知られてはいけない。成就もしない。それもすでに気付いている。

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop