シークレットの標的(ターゲット)



「これなんだけどーー」

行きつけの居酒屋の個室で彼女が差し出してきたのは見たことのあるロゴが入った鮮やかなオレンジ色の封筒だった。

「これは?」

「だから、小池さんがパーティーの招待状のお礼に緒方さんに渡して欲しいって、頼まれたの。さっきもそう言ったでしょ」

「渡したいものがあるとは聞いたけど、あの小池さんからのものだったのか」

「そう。自分が彼女がいる緒方さんに直接渡すのはよくないって私に頼んできたの。私は緒方さんの彼女じゃないって言うとまた小池さんが緒方さんに迷惑かけるかもしれないから言えなくって受け取ったんだけど」

なぜか望海は居心地悪そうに視線を彷徨わせている。

「この中身なに?」

「・・・そこのブランドがやっている期間限定のレストランのペア招待券だって言ってた」

ほう。
あの小池さんも気が利くじゃないか。
ペアの招待券ね。

封筒の中から招待状を取り出してみると、確かに期間限定と書かれている。
QRコードを読み取ると、ネット予約が出来る仕組みだ。

「彼女他に何か言ってた?あのパーティーで出会いはあったのかとか」

「パーティーの準備段階でブランドデザイナーの人と知り合いになれたって言ってた。そのデザイナーさんってアラフォーで独身、イケメン男性らしいの。その招待状のレストランもその人のご実家が経営しているところだって。その人のデザインしたドレスを着てパーティーにも行ったらしいし、その後もお付き合いしているらしいんだけど・・・」

望海が視線を揺らした。

「何か言いにくいことでも?」

「あー、うん。ねえ、そんなセレブな人と偶然の出会いってあるかなあって。なんだかシンデレラストーリーみたいでしょ。小池さんも話ができすぎてて不安になったみたいで私に相談してきたの」

「付き合ってるっていうけど、どんな付き合いをしているのかにもよるんじゃないかな。確か小池さんは玉の輿に乗りたい、結婚していい生活がしたいってことだったよね。遊びで付き合いたいとかセレブな世界を知りたいってことじゃなくて」

俺にしつこく迫ってきていたのも、俺の将来性を買っていてくれていたらしいし。

「そう。結婚して安定した生活がしたいんだって」
「ただセレブと結婚できればいいと思っているのか?セレブにもいろんなヤツがいるぞ。浮気されたり愛人が何人かいても相手がセレブなら小池さんは我慢できるのか」

そんな言い方は意地悪だが、そこは重要なポイントだ。

「うん。小池さんもそれが気になってきたみたい。玉の輿に乗れるのなら多少のことはって思っていたのが、その人と知り合って一緒にいるうちに好きになっちゃったみたいで。他に親しい女の人がいたらどうしようとか、自分だけをみて欲しいとか思うようになったって。ねえ緒方さん、このデザイナーってひと大丈夫かなあ。遊ばれてるとかって可能性もないとは言えないよね」

話だけ聞いていれば、遊ばれている可能性が高いだろうと思う。
だがーーー

「そのデザイナーの名前はわかる?」

「確か、”タツハセベ”って名前で活動してるとか」

「ああ、それ長谷部辰之進だな」

「知ってるの?」
望海が驚いたような声を出した。

「長谷部辰之進は高校の同級生の兄貴なんだ」
その同級生もデザイナーをしているが望海に興味を持たれても困るのであえて口にしない。

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