シークレットの標的(ターゲット)
歯形とシークレットの秘密


夜中12時を過ぎてスマホが鳴った。
こんな時間に誰よ。

午後にうたた寝をしたせいで眠くはないけれど、怠くて既にベッドに入っていた。
枕元に置いたスマホを手に取り画面を見て・・・スマホを落としそうになった。

うそ。
緒方さんだ。
そういえば、常務が明日帰国するとか言っていたような気もするけど、その後に聞いた話のインパクトが大きくてすっかり忘れていた。
彼のシークレットな仕事は終わったんだろうか。

「・・・緒方さん?」

恐る恐る声を出すとすぐに彼の声が返ってくる。

『望海、今お前のマンションの下にいる。チャイム鳴らしたら玄関を開けてくれ』

「え、待って。どういうこと?下にいるって何で」

『いいから。チャイム鳴らすからな』

どういうこと。
下にいるとか玄関開けろとか。
え、待って待って。いま下にいる?
ここに来たってこと?帰国してたの?

いきなりの電話に戸惑っているとすぐにドアチャイムが鳴らされた。
何度も。
やだ、こんな時間に近所迷惑だし。
まさかホントに緒方さんが来た?

恐る恐るドアの覗き穴から外の様子をうかがうと、肩で息をしているような緒方さんがいた。
うわあ、マジで緒方さんがいる。

え、どうしよう。
もうお風呂も入ってノーメイクだし、おまけにパジャマだし。
いきなり来られても。

玄関のドアの前でどうしようどうしようとオロオロとしていると、どんどんとドアを叩かれてしまう。

「望海、早く開けろって」

ドアの向こう側から切羽詰まった声がする。
やばい、やばい、あんまり騒いだらご近所さんに警察呼ばれちゃう。

「緒方さん、声抑えて!」
慌てて玄関ドアの鍵を外すと私が開ける前にドアが引かれてしまいドアノブに手をかけていた私ごと玄関の外に飛び出してしまった。

「おっと危ない」
ぼすんっと抱き留められた広い胸板と汗の匂い。
急いで来てくれたのだろう緒方さんの身体がほかほかしていてより一層自分のものでない男性の香りがする。

抱きしめられた状況にドキドキして自分の身体も熱くなってきたような気がして「離して」と腕を突っぱねる。

「足は、足は大丈夫か」

抵抗する私を無視して足元を凝視される。
じーっと見られて視線が痛い・・・。
足首の腫れはたいしたことがないものの湿布と固定で二回りほど大きく見えるから心配させてしまうかもしれない。

「見た目はこんなだけど、大丈夫」

安心させるように捻挫した方の足を持ち上げて見せると、緒方さんの口からはあっと大きな息が漏れた。

「よかった、心配した」

さっと私の膝裏に手がかかり、いきなりひょいっと抱きかかえられる。
ひゃあっと色気のない声を漏らす私に構わず緒方さんは玄関ドアを後ろ手に閉めてガチャリと鍵をかけた。

突然のことに驚いて”え”とか”あ”とか、”ひ”とか変な声しか出ない。
人は驚くとこんな反応になってしまうのだろうか。

緒方さんは無言で私をお姫様抱っこしてなぜだか当たり前のようにスタスタと私の部屋に入ってきてベッドの端に私を下ろした。自分はベッドの下で跪くようにして私と目線を合わせてくる。

「本当に大丈夫なのか。痛みは?骨は?」

真剣で心配そうな目にドキッとしてしまう。なんでこの人、こんな顔をしているんだろうと考えてすぐに気が付いた。
そっか、関係ない私を巻き込んだからか。

「多少痛いけど軽い捻挫だからすぐによくなると思う。先生も心配ないって言ってたし。それより、いつ帰国したの?」

「ああ、うん、さっきだ。望海が怪我したって聞いて予定を早めた。ーー本当に大丈夫なんだな?他に怪我は?」

そう言って無遠慮にじろじろとに頭のてっぺんから足のつま先まで見るからムッとしてしまう。
こちらはもう寝ようとベッドに入っていたからノーメイクでパジャマなんですけど。こんな時間に女性の部屋に押し入ってきて失礼だよね。


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