朝を探しています
1.違和

〜波那〜

『今日は残業。帰りは終電になると思う。』

 ピロン、とキッチンのテーブルに置いていたスマホがメールの通知音を鳴らす。
 夕飯用のそら豆の冷製スープを作る手を止めて、波那(はな)雅人(まさと)からのメッセージを読んだ。小さくため息をつく。

 今日は金曜日。先週の金曜日もまるっきり同じメッセージが送られてきた。というかこの2ヶ月ほどは日付が変わる前に帰ってきた週末など、3回あるかないかだ。朝、出掛けに告げていくこともあれば、今日のようにいきなりメールが送られることもある。

 翌日が休みだと、気持ちを楽にして思う存分仕事ができる。
 それが雅人の言い分だ。
 長女の琴乃が生まれる8年前まで会社勤めをしていた波那にも、その気持ちは理解できる。更に半年前に企画部の主任に昇格した雅人が、今まで以上に情熱を持って仕事に取り組んでいることも知っている。
 けれど…けれど、それだけではどうしても拭えない違和感が少しずつ胸の内に積もっていく。

 今年から小学生になった琴乃や、その2つ下の息子、幸汰(こうた)がその日あったことを我先にと雅人に報告するのが常だった夕食の時間。雅人はいつもスマホを寝室に置いた鞄の中にしまっていた。
 しかしそれは最近、いつも雅人の部屋着のポケットに入るようになった。特に家族の前で開くことはないけれど、食事の後洗面所に向かいながら徐に取り出して画面をチェックしているのを何度も見かけた。

 朝、身だしなみを整える時間がほんの少し、長くなった。それまでより丁寧に髭をそり、薄くなる気配のない髪を整えるようになった。

 なにより、雅人が纏う気配が浮ついているのを感じる。はっきりとどこが…ではないが、どこかうきうきとした…何か楽しみなことがある人の気配だ。その楽しみなことは家の中のことではないようだった。

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