朝を探しています
5.自壊

〜雅人〜

『もう壊れてるんじゃないかな』

 不倫報道に対しての波那の言葉が、真美の元へ向かう雅人の足を重くしていた。

『この世で一番信用できるはずだった人に、いきなり崖から突き落とされるようなもんだよ。それか、背中からナイフで刺されるとか。』



 波那が中学生の時、波那の父親は不倫相手と共に家を出た。
 雅人もよく知っているその人は、もともとは一人娘を溺愛し、妻と3人の家族をとても大切にする頼もしい人だった。
 隣人だった雅人の家と波那の家とは家族ぐるみの付き合いで、どちらも子どもが一人ずつだったことから、キャンプや旅行にもよく一緒に行っていたのだ。

 
 波那が不倫を憎んでいることを一番よく知っているのは、間違いなく自分だ。
 雅人はそう思っている。

 けれど雅人にとって、不倫とは波那の父や自分の母のように自分の家族よりも浮気相手に重きをおいて家族を蔑ろにすることだ。
 自分にはあくまでも波那が、そして波那との間に授かった2人の子どもが第一だ。他のものに替えられるなど到底思えない。

 けれどもちろん、世間一般に言って、自分と真美とが不倫関係と呼ばれるものだということはわかっている。
 真美には慰めが必要だったから助けた。しっかりものの波那とは違って自分に甘え、頼ってくれる真美が新鮮で、久しく覚えのなかった胸の高鳴りを感じることができた。体の相性も申し分なかった。だがただそれだけだ。

 今日は真美の誕生日だから特別なだけで、土日を浮気に当てる気はこれからもないし、外泊するつもりもない。

 後ろめたさを感じたことがなかったわけではない。初めて体を重ねた日は波那とまともに顔を合わせられなかった。しかしそれも、少しずつ慣れて…


『もう壊れてるんじゃないかな』


 波那の言葉が何度も頭の中を巡る。
 自分たちの関係を言ったわけでないのはわかっていても、あの声音を思い出すたびに腹の中に重いものが溜まっていく気がする。

 考えたことはもちろんある。
 波那が知ったらどうなるか。
 けれどそれはどうにも現実味がなくて、いつも深くに行き着く前に目を背けていたものだ。知らなければ、ないことと同じ…

 そう、だろうか。

 雅人の脳裏に、雅人の幸せを飾った写真立てを踏みつけて割っている、真美と抱きあう自分の姿が浮かんだ。 
 咄嗟に首を振って暗い思考を払う。


 リリン。


『幸汰、復活! 晩御飯もちゃんと食べたよ。心配しないで、楽しんできてね。』

 波那から口元に米粒をつけた幸汰とピースサインの琴乃の写真がメールと一緒に送られてきた。
 
 一瞬、自分のいる場所がわからなくなる。


 俺は、何をしてるんだろう…


『良かった。なるべく早く帰るようにするから。今日はごめん。』


 しばらく立ち止まってスマホの画面を見つめる。
 その後、何度も打ち直して送った文は何の変哲もないものだった。
 最後のごめんが何に対してのものなのか、雅人は自分でも曖昧なままにしてしまった。




 
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