朝を探しています
2.蠱惑

〜雅人〜

「あれ?」

 ちらとスマホを覗いて、雅人は小さく声を上げた。

「どうしたんですか?」

 テーブルの対面から澄んだ声で問われる。
 華奢で小柄な体格に見合った、細くて少し高い声が雅人はわりと気に入っていた。
 ベッドではそれが更に高く、掠れ気味になるのも知っている。

「あ、いや。なんでもないよ。」

 即座に視線を声の主に戻した。
 さすがにこの席で妻の話題を出すのはルール違反だろう。
 しかしそのなけなしの気遣いも、相手ー片山真美の次の言葉で霧散してしまった。

「奥さんから、何か連絡あったんですか?」

 少し眉を寄せて心配そうに問う真美に、雅人は安心させるように微笑んでみせた。

「いや、その反対。遅くなるってメールしたけど、まだ返信がなかっただけ。大丈夫だよ。」
「そうですか…。やっぱり毎週末に遅く帰ること、奥さんおかしく思ってるんじゃないですか?」
「ないない。仕事が忙しいのは本当だし、土日はしっかり家族サービスしてるから。真美が心配することないよ。」

 さあ食べよう、と目の前のメイン料理に話題を移していく。
 今日はイタリアンのフルコースで、セコンド・ピアットはアクアパッツァだ。いつもはカフェなどで簡単に済ませてホテルか真美の家に直行だが、今日は明後日の真美の誕生祝いも兼ねている。この後食後酒の時にでも用意したプレゼントを渡すつもりだ。


 しばらく料理とたわいもない会話を楽しんだ後、エスプレッソとドルチェを待つ間に真美が静かに話し出した。

「…でも、私は本当に嬉しいです。雅人さんが、私のための時間を作ってくれることが。もし雅人さんが助けてくれてなかったら、私は今頃どうなってたかな…って、時々すごく怖くなるんです。」

 微かに潤んだ目で見つめられて、雅人の鼓動が強く打った。
 新人とはいえ大学出の新卒ではない真美は明後日25歳となる。雅人より7つ下になるが、童顔も手伝って見た目はそれよりも2つ3つ下に見えた。
 しかし、その若さに見合わない苦労をしてきたからか、どこか憂い…というよりは色気のようなものを纏っていて、それが見かけとのギャップとなって片山真美という女の魅力となっている。


 我ながらはまっちまってるなぁ、と雅人は心の中で呟きながらグラスのワインを飲み干した。


 
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