朝を探しています

〜波那〜

『今どこにいる? 心配してる。連絡が欲しい。』


 雅人からそんなメールが届いたのは夜の8時前だった。電話の着信もその前後に何度もあった。
 
 波那は『雅人』と表示されたまま震えるスマホをぼうっと見つめたまま、自宅近くの公園のベンチに座り込んでいた。

 着信の後にまた次のメールが届く。

『悟からこの前の土曜日のこと聞いた。』
『ごめん、嘘ついて。』
『ちゃんと話するから、言い訳になるけど聞いてほしい。』
『どこにいる? 迎えに行くから、教えて。』
 

「…そっか。本条さんから…」
 言い訳… 何を言い訳するつもりだろう。
 そもそも本当のことを言ってくれるのだろうか。
 本当のこと。

 本当のことって?
 あの女の人と不倫関係にあったということ。
 あの人のことを好きになった?
 私と離婚したい?
 それともあの人が言ってたみたいに、家庭を壊さないこと前提にあの人と関係を続けたい? …さすがにそれはないか。

 私がどれだけ不貞を憎んでいるか、雅人はよく知っている。
 よく知っていて…その上で不倫を選んだなら、それはもう雅人にとっては本気の思いなのだろうか。

 真美の蔑むような笑みが波那の脳裏に蘇る。
 音声だけでも耐え切れないほどだった2人の痴態が、確かな実像となって心を抉った。

 あの体を、雅人は毎週抱いていたのか。
 愛を囁いて。
 私とはしたことがないような激しさで。

 悔しい。…何が悪かった?
 私に女としての魅力がなくなった?
 あの人は…若く、柔らかそうな体で、幼い顔立ちなのに色気があった。
 私は…

 この1週間で更に小さくなった胸に無意識に手を当てて、波那はくしゃりと顔を歪めた。

 違う! 悪いのは、裏切ったのは雅人だ。私じゃない。あの女! 私よりも自分の方が愛されてるって顔をして、雅人がまるで子どものためだけに私と一緒にいるような言い方をして。何も知らないくせに!
 
「…くっ、…ふ…」

 込み上げる嗚咽を強く口を塞いで押し殺す。

 どうしようもなく惨めだった。

 …考えないようにしていた。
 雅人は今も週に1、2度の割合で波那を抱く。
 けれど最近、波那への前戯がおざなりになった気がしていた。
 いつもたくさんしてくれていたキスも、終わった後のピロートークもなくなっていった。…セックスレスでもなく、そんなものかと疑念に蓋をしていた。

 雅人に『女』としての波那はもう必要ないということか。
『母』としての波那しかいらないのか。
 自分が必死に守ってきたものは、雅人にとっては簡単に捨てられるものだったのか。

 私は… 私は、





 まだどうしようもなく雅人が好きなのに。

 
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