通り雨、閃々
串に刺して塩を振ったイワナを炭の周りに差す。
リョウと並んで、うちわで風を送りながら、コンビニから買ってきたおにぎりを食べた。

「リョウは意外とマメに料理するよね。下手だけど」

「褒めるならちゃんと褒めてよ」

「最近窓開けてるから、お隣の音が聞こえるの。フライパンの音も、電子レンジの音も、テレビの音も。でもリョウの部屋とはベランダが離れてるから、隣にいても音がしない。いるのかいないのかわからないよね」

「わかるよ」

リョウは焼け具合を確認しながら、イワナの串を回す。
溜まっていた水分がポタポタと下に落ちる。

「熱出して寝てると、世界にひとりぼっちみたいな気持ちになるでしょ。俺の部屋は角部屋だし最上階だから、雨音とか風の音くらいしか聞こえなくて、本当はどこか遠くの星にひとりきりなんじゃないかって思う」

特に感傷にひたる様子もなく、リョウはおにぎりのパッケージを開いていた。
寂しい内容に反して、海苔のパリパリという音は小気味よい。

「だけど、ミクちゃんが何か落としたり、クローゼットを乱暴に閉めたりすると音がする。遅刻しそうになって走ってベッドルームを出て、ドア閉めて、鍵をかけて、走ってうちの前を通り過ぎる」

「……うるさくして申し訳ありません」

「ミクちゃんの気配があると、『俺はまだ地球にいたんだな』って思うよ」

リョウは左手でおにぎりを食べ、右手でうちわを扇いでいた。
細かな灰が緑の中に散っていく。
炭がパチリと爆ぜた。

「次に熱出たら、壁叩いて。薬とゼリーくらいは買って行ってあげる」

風で灰が舞った。
イワナの焼ける匂いもする。
串をくるくる回しながら三十分ほど焼くと、全体に焼き色がついた。

「これ、もういいよ」

背びれや胸びれを取って、リョウがひとつ渡してくれる。

「おにぎりとお茶はこっちに置いておく。ゴミはこのビニール袋に入れて」

「リョウって、なんか変だよね」

「そう?」

「うん。妙に親切。基本的に人でなしなのに」

まあね、とリョウは自分の分のイワナのひれを取る。

「認めるんだ?」

「自覚あるもん。この子傷つけて泣かせてやろう、と思ったんだけど、」

「はあ!? なにそれ!」

「忘れられないトラウマを与えたくて。でも、もう諦めた」

「……なんでそんな仕打ち」

「勝手に家に来たミクちゃんが悪い」

「だってあれは鍵が……!」

「親切が仇になったね」

「サイテー」

「どうも」

生まれて初めて食べたイワナは、しょっぱくて身がやわらかくて、とてもおいしかった。

「おいしいけど、塩多かったかな。血圧上がりそう」

「大丈夫。ミクちゃんは長生きするよ」

「もちろんそのつもり」

風で炭が赤く燃える。
串を回すと水分が落ちて、ジュッと音を立てた。


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