転移したら俺に三十点をつけた女性にそっくりな公爵令嬢が隣国の王太子殿下に寵愛されて妃殿下になりました。
【1】愛のない婚約者
◇◇◇
―二千十七年八月―
「この人があなたの婚約者よ」
母から差し出されたお見合い写真。
写真を開くと、高級ブランドのスーツを着用した男性が写っていた。
きちんと整えられた髪。黒縁眼鏡をかけているが凛とした眼差し。美男子ではないがいかにもセレブな男性という雰囲気。
以前、三田正史《みたまさし》とは企業のパーティーで一度逢ったことがある。三田ホールディングス(旧三田財閥)の創業家の御曹司。三田銀行の次期代表取締役社長と有望視されている。
三十二歳、アメリカの有名大学を卒業したエリートだ。
中西美梨《なかにしみり》よりも八歳年上。パーティーの席で三田正史が美梨を見初め、親同士が決めた政略結婚。三田ホールディングスと繋がりを持てば、学校法人桃華学園の未来は約束されたようなものだから。
「正史さんは勉学と仕事にとても熱心で、今まで女性とのご縁はなかったみたいよ。お見合いは全てお断りになっていたのに、あなたとの婚約には承諾されているの。こんな光栄なことはなくてよ」
(女性との縁はなかった?)
それは建前に決まっている。
三十二歳の男性が女性を知らないはずはない。三田ホールディングスの御曹司にすり寄る女性は山ほどいるはずだ。
「嘘ばっかり」
美梨は写真を閉じ、ポンとテーブルの上に投げる。
「美梨、そんな態度はよしなさい。あなたはこの桃華学園の後継者なのよ。いずれ桃華学園の理事長になるの。三田正史さんと結婚すれば、いずれは三田ホールディングスの創業家の嫁になれるのだから、一生安泰よ」
「私はまだ二十四歳だよ。まだ婚約とか結婚とか、考えられない」
「もう二十四歳でしょう。就職もしないで遊んでいられるのは誰のおかげだと思ってるの? 社交界でも通用するマナーを教育してきたのは全てこの日のため。正史さんがあなたを見初めたのよ。あなたとの婚約を是非にとおっしゃられてるの。女性にご縁のなかった正史さんが初めて女性を見初めたと、三田ホールディングスの会長様が大喜びでね。美梨、このお話を進めてもいいわね」
「勝手にすれば? どうせ私に拒否権はないでしょう」
「お利口だこと。ではこのお話は進めるわね」
「話はそれだけ? もう行っていい? 私、友達と約束があるの」
「友達? 男性でないのなら外出してもいいわよ。結婚前に男性とふしだらな行為だけはしないでね。傷でもついたら、せっかくの良縁が流れてしまうから」
「はいはい。バージンでいればいいんでしょう」
「美梨、はしたない言葉を使わないで。外出するなら私の車を使いなさい。田中に送らせます」
「結構よ、バイクで行くから」
「美梨、女性がバイクだなんてはしたない」
母親は顔を真っ赤にして激怒した。
美梨が何を言っても、何を話しても母親は全て『はしたない』の一言だ。
(女性がバイクを乗って何がいけないの?
母の秘書に送迎させ、私を監視させるつもりであることくらいわかっている。誰がその手にのるものですか。)
美梨はリビングを出て自分の部屋に戻り、バイクのキーを掴んだ。
高級ブランドのワンピースからジーンズに履き替え、黒い皮ジャンを着る。階段を駆け降り、裏口から出て車庫に向かった。
「お嬢様、お出掛けですか? そのお召し物は……もしかしてバイクですか? 行き先はどちらへ? ご帰宅のお時間は?」
車庫にいた母親の秘書の田中ローザと出くわす。田中は秘書兼美梨の教育係で、アメリカ人の父を持ち日本人の母を持つハーフで、英語は堪能で母以上に厳しい教育係でもあった。母親の命令により美梨の動向を常に見張っている。だから母親以上に口煩い。
「ちょっとだけ走らせてくるわ。気分がスカッとするのよ。それくらいいいでしょう」
「すぐにご帰宅ですね? お気をつけて行ってらっしゃいませ」
美梨は白いフルフェースのヘルメットを被り、愛車のナナハンに跨がった。
キーを差し込みエンジンを吹かし、広い敷地を抜けると、屋敷の門は自動で開いた。
風を切りバイクを走らせていると、嫌なことも自分の置かれた立場も、全部忘れることが出来た。
―二千十七年八月―
「この人があなたの婚約者よ」
母から差し出されたお見合い写真。
写真を開くと、高級ブランドのスーツを着用した男性が写っていた。
きちんと整えられた髪。黒縁眼鏡をかけているが凛とした眼差し。美男子ではないがいかにもセレブな男性という雰囲気。
以前、三田正史《みたまさし》とは企業のパーティーで一度逢ったことがある。三田ホールディングス(旧三田財閥)の創業家の御曹司。三田銀行の次期代表取締役社長と有望視されている。
三十二歳、アメリカの有名大学を卒業したエリートだ。
中西美梨《なかにしみり》よりも八歳年上。パーティーの席で三田正史が美梨を見初め、親同士が決めた政略結婚。三田ホールディングスと繋がりを持てば、学校法人桃華学園の未来は約束されたようなものだから。
「正史さんは勉学と仕事にとても熱心で、今まで女性とのご縁はなかったみたいよ。お見合いは全てお断りになっていたのに、あなたとの婚約には承諾されているの。こんな光栄なことはなくてよ」
(女性との縁はなかった?)
それは建前に決まっている。
三十二歳の男性が女性を知らないはずはない。三田ホールディングスの御曹司にすり寄る女性は山ほどいるはずだ。
「嘘ばっかり」
美梨は写真を閉じ、ポンとテーブルの上に投げる。
「美梨、そんな態度はよしなさい。あなたはこの桃華学園の後継者なのよ。いずれ桃華学園の理事長になるの。三田正史さんと結婚すれば、いずれは三田ホールディングスの創業家の嫁になれるのだから、一生安泰よ」
「私はまだ二十四歳だよ。まだ婚約とか結婚とか、考えられない」
「もう二十四歳でしょう。就職もしないで遊んでいられるのは誰のおかげだと思ってるの? 社交界でも通用するマナーを教育してきたのは全てこの日のため。正史さんがあなたを見初めたのよ。あなたとの婚約を是非にとおっしゃられてるの。女性にご縁のなかった正史さんが初めて女性を見初めたと、三田ホールディングスの会長様が大喜びでね。美梨、このお話を進めてもいいわね」
「勝手にすれば? どうせ私に拒否権はないでしょう」
「お利口だこと。ではこのお話は進めるわね」
「話はそれだけ? もう行っていい? 私、友達と約束があるの」
「友達? 男性でないのなら外出してもいいわよ。結婚前に男性とふしだらな行為だけはしないでね。傷でもついたら、せっかくの良縁が流れてしまうから」
「はいはい。バージンでいればいいんでしょう」
「美梨、はしたない言葉を使わないで。外出するなら私の車を使いなさい。田中に送らせます」
「結構よ、バイクで行くから」
「美梨、女性がバイクだなんてはしたない」
母親は顔を真っ赤にして激怒した。
美梨が何を言っても、何を話しても母親は全て『はしたない』の一言だ。
(女性がバイクを乗って何がいけないの?
母の秘書に送迎させ、私を監視させるつもりであることくらいわかっている。誰がその手にのるものですか。)
美梨はリビングを出て自分の部屋に戻り、バイクのキーを掴んだ。
高級ブランドのワンピースからジーンズに履き替え、黒い皮ジャンを着る。階段を駆け降り、裏口から出て車庫に向かった。
「お嬢様、お出掛けですか? そのお召し物は……もしかしてバイクですか? 行き先はどちらへ? ご帰宅のお時間は?」
車庫にいた母親の秘書の田中ローザと出くわす。田中は秘書兼美梨の教育係で、アメリカ人の父を持ち日本人の母を持つハーフで、英語は堪能で母以上に厳しい教育係でもあった。母親の命令により美梨の動向を常に見張っている。だから母親以上に口煩い。
「ちょっとだけ走らせてくるわ。気分がスカッとするのよ。それくらいいいでしょう」
「すぐにご帰宅ですね? お気をつけて行ってらっしゃいませ」
美梨は白いフルフェースのヘルメットを被り、愛車のナナハンに跨がった。
キーを差し込みエンジンを吹かし、広い敷地を抜けると、屋敷の門は自動で開いた。
風を切りバイクを走らせていると、嫌なことも自分の置かれた立場も、全部忘れることが出来た。