転移したら俺に三十点をつけた女性にそっくりな公爵令嬢が隣国の王太子殿下に寵愛されて妃殿下になりました。
【8】愛のない結婚
◇◇◇
レイモンドはマリリンと一緒に休日を過ごしているが、サファイア公爵夫妻とメイサが外出するのを目撃して以来、レイモンドは気持ちが落ち着かない。
マリリンの誕生日には指輪を購入してプロポーズをし、ホテルで生涯を誓いあって初めて結ばれる予定だったが、レイモンドはすでにマリリンを裏切りメイサと関係を持ってしまった。
誕生日プレゼントのあと、マリリンがレイモンドにタクシーの運転手の発言について疑問を投げかけ、浮気を疑い泣き出した時には全てバレてしまったと観念したくらいだ。
(マリリンに真実を告げるべきか……。
俺と運転手が別の世界からこの異世界に転移したことを話しても信じてはくれないだろう。まして、この世界で執事のくせに公爵令嬢と関係を持つなんて、許されないことだ。)
「レイモンド……私達、もう付き合って一年だよね」
美波とも一年交際していたが、こちらの世界でもマリリンと一年交際していたことになっていた。
「そうだね。もう一年なんだね」
「レイモンドが私を大切にしてくれているのはよくわかってるし、勤務先も同じだし節度を守ってくれていることは理解してるつもりだけど。私……レイモンドに女性として見られてない気がして……」
いつになく真剣な表情で、マリリンがレイモンドを見つめた。その瞳は潤んでいる。
「マリリン、俺はマリリンを大切に思っている。何かあったのか?」
マリリンはレイモンドに抱き着いた。
「このままでは私……。取り返しのつかないことに……」
「取り返しのつかないこと?」
(やはりマリリンはメイサとのことを知っているんだ。取り返しのつかないこととは、マリリンがメイサに何かするつもりなのか? いや、マリリンは純粋な女性だ。メイサに危害を加えたりはしない。)
「今夜はお屋敷に戻りたくない。明日の早朝、仕事に間に合うように戻ればいいよね」
「えっ? それって……」
「執事専用の個室は女人禁制だから……」
マリリンは不安そうな眼差しでレイモンドを見つめている。
(これは……そういう意味だよな。煮え切らない俺に痺れを切らして、女性の口からこんなことを言わせてしまうなんて……」
「街の高級ホテルは予約がないと宿泊できない。酒場の近くにあるホテルは綺麗ではないよ。それでも……いいのか?」
「いいわ。レイモンド……今夜は一緒にいて」
酒場の近くにあるホテル。
男女が性的な目的のためだけに利用するホテル。
(俺は高級ホテルを予約して、ちゃんとマリリンと愛を交わしたかったのに……。)
(ダメだダメだ。そんな場所にマリリンを連れて行けるはずはない。)
「どうしても今夜でないとダメかな?」
レイモンドはちゃんと高級ホテルを予約して、それから改めてマリリンにプロポーズしたいと思った。
つい口から出た言葉に、マリリンは驚きの表情を浮かべた。
「……レイモンドは私とは嫌なの?」
「そうじゃないよ。マリリンがそこでもいいなら……」
(女性に恥をかかせてはいけない。
マリリンは大切な恋人だ。)
(でも結局、俺はマリリンを誘ってる。)
マリリンとレイモンドはしっかりと手を繋いで、酒場の裏街道に面したホテルに向かう。
自分の思い描いていた理想とは、すでにかけ離れている。それは全て自業自得だとレイモンドは思った。
マリリンと手を繋いでいるのに、頭に浮かぶのはメイサの泣き顔だった。
メイサは今日隣国のトム王太子殿下と正式に婚約をした。レイモンドは何ひとつ疾しいことをしているわけじゃない。それなのにレイモンドはマリリンに対してではなく、メイサに対して申し訳なさを感じている。
(メイサ……お前は今……。
何をやってるんだ……。)
レイモンドは三流のホテルにマリリンと二人で入る。
床がギシギシなるほどの古びたホテルだが、薄暗い受付や廊下なのに、照明は艶っぽい赤い光を放っている。
「いらっしゃいませ。お客さん、休憩ですか? お泊まりですか?」
「一応宿泊で。でも早朝チェックアウトします」
「料金はこちらになります。前払いでお支払い下さい」
レイモンドは料金表を見て支払いを済ませる。受付の男性の顔は見えず、手だけが窓口からニュッと出て札とコインを掴んだ。
「毎度ありがとうございます。ごゆっくりどうぞ。二階の突き当たりの赤いドアの部屋です」
スッと出された鍵をレイモンドは受け取る。マリリンはずっとレイモンドの背中に隠れたままだ。
レイモンドは金銭を支払ったのに、気持ちは揺らいでいる。
(いまさら何を躊躇している。
俺はこの日を、ずっと待ち望んでいたはずなのに……。)
階段を上り突き当たりのドアを開けると、マリリンは頬を染めてこう言った。
「レイモンド、シャワー先に使ってもいい?」
「いいよ」
マリリンも初体験であると勝手に思っていたが、マリリンの行動は初めてとは思えなかった。
マリリンが初体験でなくてもかまわない。レイモンド自身も初体験ではないのだから。でも本当にこれでいいのかと、レイモンドは気持ちがモヤモヤしていた。
レイモンドはホテルの窓のカーテンを開けて夜景を見る。
酒場は今夜もたくさんの人で賑わっている。ロマンチックな雰囲気など全くない。
室内を見渡せば、現世で泊まったラブホテルによく似ていた。
(美梨……。一緒に事故に遭った美梨は生きているのだろうか。)
(美梨にそっくりのメイサ……。
この出逢いは神様の戒めか。)
レイモンドはマリリンと一緒に休日を過ごしているが、サファイア公爵夫妻とメイサが外出するのを目撃して以来、レイモンドは気持ちが落ち着かない。
マリリンの誕生日には指輪を購入してプロポーズをし、ホテルで生涯を誓いあって初めて結ばれる予定だったが、レイモンドはすでにマリリンを裏切りメイサと関係を持ってしまった。
誕生日プレゼントのあと、マリリンがレイモンドにタクシーの運転手の発言について疑問を投げかけ、浮気を疑い泣き出した時には全てバレてしまったと観念したくらいだ。
(マリリンに真実を告げるべきか……。
俺と運転手が別の世界からこの異世界に転移したことを話しても信じてはくれないだろう。まして、この世界で執事のくせに公爵令嬢と関係を持つなんて、許されないことだ。)
「レイモンド……私達、もう付き合って一年だよね」
美波とも一年交際していたが、こちらの世界でもマリリンと一年交際していたことになっていた。
「そうだね。もう一年なんだね」
「レイモンドが私を大切にしてくれているのはよくわかってるし、勤務先も同じだし節度を守ってくれていることは理解してるつもりだけど。私……レイモンドに女性として見られてない気がして……」
いつになく真剣な表情で、マリリンがレイモンドを見つめた。その瞳は潤んでいる。
「マリリン、俺はマリリンを大切に思っている。何かあったのか?」
マリリンはレイモンドに抱き着いた。
「このままでは私……。取り返しのつかないことに……」
「取り返しのつかないこと?」
(やはりマリリンはメイサとのことを知っているんだ。取り返しのつかないこととは、マリリンがメイサに何かするつもりなのか? いや、マリリンは純粋な女性だ。メイサに危害を加えたりはしない。)
「今夜はお屋敷に戻りたくない。明日の早朝、仕事に間に合うように戻ればいいよね」
「えっ? それって……」
「執事専用の個室は女人禁制だから……」
マリリンは不安そうな眼差しでレイモンドを見つめている。
(これは……そういう意味だよな。煮え切らない俺に痺れを切らして、女性の口からこんなことを言わせてしまうなんて……」
「街の高級ホテルは予約がないと宿泊できない。酒場の近くにあるホテルは綺麗ではないよ。それでも……いいのか?」
「いいわ。レイモンド……今夜は一緒にいて」
酒場の近くにあるホテル。
男女が性的な目的のためだけに利用するホテル。
(俺は高級ホテルを予約して、ちゃんとマリリンと愛を交わしたかったのに……。)
(ダメだダメだ。そんな場所にマリリンを連れて行けるはずはない。)
「どうしても今夜でないとダメかな?」
レイモンドはちゃんと高級ホテルを予約して、それから改めてマリリンにプロポーズしたいと思った。
つい口から出た言葉に、マリリンは驚きの表情を浮かべた。
「……レイモンドは私とは嫌なの?」
「そうじゃないよ。マリリンがそこでもいいなら……」
(女性に恥をかかせてはいけない。
マリリンは大切な恋人だ。)
(でも結局、俺はマリリンを誘ってる。)
マリリンとレイモンドはしっかりと手を繋いで、酒場の裏街道に面したホテルに向かう。
自分の思い描いていた理想とは、すでにかけ離れている。それは全て自業自得だとレイモンドは思った。
マリリンと手を繋いでいるのに、頭に浮かぶのはメイサの泣き顔だった。
メイサは今日隣国のトム王太子殿下と正式に婚約をした。レイモンドは何ひとつ疾しいことをしているわけじゃない。それなのにレイモンドはマリリンに対してではなく、メイサに対して申し訳なさを感じている。
(メイサ……お前は今……。
何をやってるんだ……。)
レイモンドは三流のホテルにマリリンと二人で入る。
床がギシギシなるほどの古びたホテルだが、薄暗い受付や廊下なのに、照明は艶っぽい赤い光を放っている。
「いらっしゃいませ。お客さん、休憩ですか? お泊まりですか?」
「一応宿泊で。でも早朝チェックアウトします」
「料金はこちらになります。前払いでお支払い下さい」
レイモンドは料金表を見て支払いを済ませる。受付の男性の顔は見えず、手だけが窓口からニュッと出て札とコインを掴んだ。
「毎度ありがとうございます。ごゆっくりどうぞ。二階の突き当たりの赤いドアの部屋です」
スッと出された鍵をレイモンドは受け取る。マリリンはずっとレイモンドの背中に隠れたままだ。
レイモンドは金銭を支払ったのに、気持ちは揺らいでいる。
(いまさら何を躊躇している。
俺はこの日を、ずっと待ち望んでいたはずなのに……。)
階段を上り突き当たりのドアを開けると、マリリンは頬を染めてこう言った。
「レイモンド、シャワー先に使ってもいい?」
「いいよ」
マリリンも初体験であると勝手に思っていたが、マリリンの行動は初めてとは思えなかった。
マリリンが初体験でなくてもかまわない。レイモンド自身も初体験ではないのだから。でも本当にこれでいいのかと、レイモンドは気持ちがモヤモヤしていた。
レイモンドはホテルの窓のカーテンを開けて夜景を見る。
酒場は今夜もたくさんの人で賑わっている。ロマンチックな雰囲気など全くない。
室内を見渡せば、現世で泊まったラブホテルによく似ていた。
(美梨……。一緒に事故に遭った美梨は生きているのだろうか。)
(美梨にそっくりのメイサ……。
この出逢いは神様の戒めか。)