初恋ディストリクト
 ◇栗原智世の時間軸

 私が存在する元の世界線。

 無事に戻ってこれた夜、福を側に置いて澤田君の事を考えながら眠りについた。

 澤田君との出会いから、誰もいなくなった商店街。

 見えない壁の存在。

 閉じ込められた恐怖。

 元の世界に戻るためにふたりで一緒に考えて、色々と試して次第に心が通っていったこと。

 それは楽しい出来事だったように、口元は微笑んでしまう。

 そうしてもう会えないと思ったとき涙で目じりが濡れた。

 寝返りを打てば、足元で丸くなっていた福がむくりと起き上がり、遠慮なく私の体を踏んで枕元にのそのそとやって来た。

「福ちゃんちょっと痛いよ」

 暫く枕の端を踏み踏みした後、私の隣で再び丸くなって落ち着く。

 目の前に横たわった福。

 私は顔を埋めて福の柔らかいもふもふの毛並みを荒っぽくスーハーしてしまう。

 福が「にゃーん」と頭をもたげて私に振り返った。

 止めてという意味だったのだろうか。

 心なしか目が睨んでいた。

「福ちゃん、つれないな。ちょっとぐらいいいじゃない。今日はさ、色々とあったんだよ」

 じーっと私を見つめてから、再び丸くなったので、その後は、そっと撫でてやった。

 今度は気に入ったのか、喉をゴロゴロ鳴らしだした。

 静寂な暗闇で聞くその低く振動する音はとても優しくて、私の心を慰めてくれる。

「福ちゃん、ありがとね」

 しばらく福を撫で、喉のゴロゴロを楽しんだ。

 その音を聞いているうちにすっと眠りに落ちていった。

< 75 / 101 >

この作品をシェア

pagetop