初恋ディストリクト
 ◇栗原智世の時間軸

 今日から新学期が始まった。

 学校ではマスクをしている人、まだ様子を見ている人とまばらだ。

 私はまだマスクはしたくなかった。

 澤田君に顔を見てもらわなければならないからだ。

 ぎりぎりまでマスクなしで頑張ろうと思う。

 始業式の日、校舎の入り口の壁に貼り出されたクラス分けが書かれた紙を前にして、一組から順に見て行く。

 澤田君とはできれば同じクラスになりたいと願い、期待して同時に探していたけど、私の名前は見つけてもそこに澤田君の名前はなかった。

 他のクラスを見ようとしたとき、後ろからポンと肩を叩かれた。

「智世ちゃん、同じクラスだね。よろしく」

 普段『栗ちゃん』と呼ばれているから、下の名前のちゃん付けに「えっ?」と思って振り返った。

「あっ、リミちゃん! 私と同じクラスなの? 『よろしく』って、私と仲良くしてくれるの?」

「当たり前でしょ。幼馴染なんだから。それとも私だと不服?」

「そんなことないけど、なんか新鮮味にかけるというのか」

「何言ってるの、私のお陰で命拾いしたくせに」

「あっ!」

 そうだ。あの時、リミちゃんからのメールで引き返したからバス停での事故に巻き込まれなかった。

 それをリミちゃんに伝えたから、リミちゃんも驚いてはいたけど、それはいつしかネタ的なものとして私たちは気軽に話していた。

 でも今はそれが違う意味となって悲しくなってくる。

 もうひとつの世界線では、私は事故に遭って死んでしまったことになっているのだから。

「どうしたのよ、智世ちゃん。大丈夫? なんか心ここにあらずって顔だよ」

「えっ、あ、なんかまだ休み呆けかな」

 私は何でもなかったことのように振舞った。

「春休み長かったけど、ちゃんと学校始まってよかったよね」

「うん。でもどこかみんな心配しているような雰囲気もあるね」

「仕方ないよ。世間は新型コロナウイルスだもん。だけどまだこの学校は大丈夫だよ。それに若い人は重症にならないって言ってたよ」

「そうだよね、心配しても始まらないね。もう学校に来てるんだから」

 こういうときこそ、いい方に考えるんだった。怖がってたら何もできない。

 教室に入れば、知ってる顔や初めて会う人など交じり合っていた。

「ねぇ、リミちゃん、一年のとき六組だった澤田隼八って知ってる?」

「ううん、知らないな」

「このクラスに六組だった人いないかな」と私が言えば、リミちゃんは大きな声を出した。

「一年の時、六組だった人いる?」

 みんながリミちゃんを振り返る。

「リミちゃん、そんな今訊かなくても」

 私がおどおどしている側で誰かが手を挙げた。

「あっ、俺、六組だったけど」

 喋った事はないけど、この人は目立つから知ってる。

 野球部の鹿島君だ。

 リミちゃんが私を見て早く訊けと目で催促した。

 私は仕方なく鹿島君に近づいた。

「あのね、澤田隼八って知ってる?」

「澤田隼八? 澤博則(さわひろのり)って言うやつなら居たけど」

「背が178cmあって高いんだけど」

「澤はそんなに高くないと思う」

「じゃあ、義足の人がいた?」

「義足? そんな奴いなかったけど、誰だ、澤田シュンヤって?」

 反対に訊かれてしまった。

 確かにあの時、同じ高校の名前を言って、一年六組だっていった。

 この世界では澤田君はこの学校に受からなかったの?

 選択は未来を変える分岐点。

 少しの違いが大きく左右する。

 また何かがずれている。

 この世界の澤田君に会うにはどうしたらいいのだろう。

 そうだ、親友の哲だ。

「ねぇ、哲って名前の人知らない? 澤田君の友達なんだけど」

「テツってこの学校に何人かいるんじゃないかな。だけど澤田シュンヤの友達なんだろ。この学校にいないのに、そんな友達もいないだろう」

 冷静に考えれば、そうなる。

 私は適当にお礼を言って鹿島君から離れた。

「智世ちゃん、澤田君って誰? なんで探してるの?」

「ううん、なんでもない。ちょっと勘違いしたかも」

「もしかして、恋バナかな? それだったら私聞くよ」

 リミちゃんは知りたそうに詮索してくる。

 でも正直に話したところで信じてもらえないだろう。

 本当はリミちゃんに全てを話してしまいたいけど、どうしてもできなかった。

 あの時の事は体験したものにしか絶対にわからない。

 その体験した私ですら、今は心揺れて本当にあったことなのかあやふやで自信ないというのに。

 この世界で澤田君を見つけたらどうなるのだろう。

 とにかく澤田君に会いたい。会ってからそれを考えばいい。

 まずはどうやって澤田君を探せばいいのだろうか。

 考えていると、早く会いたくなって気持ちが高ぶってきた。
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