それは手から始まる恋でした
「波野さんってずっと東京?」
「いえ、大学からです」
「大学はどこ?」

 この人は私の履歴書すら見ていないようだ。本当に何故私を採用したのだろうか。

「都下大です」
「じゃあ、大学は近かったんだ。どこかで会っていたかもな」

 大学は近かった? ここから都下大はそんなに近くはない。確か高良は、裕福で成績優秀な美男美女しか通えないと噂の美麗大学出身だ。美麗大学なら都下大に近い。確か隣に高校もあったはずだ。

「そうですね。もしかしたら高良さんの学ラン姿見ていたかもしれません」
「はぁ? なんで学ランなんだよ」
「私、学生専用マンションだったので卒業と同時に引っ越してそれからはあの地域に行ってないので」
「……」

 高良の周りにハテナマークが見えるくらいに不思議な顔をしている。私は何かおかしなことを言っただろうか。

「あの、これはセクハラではないですよ。波野さんってお幾つですか?」

 今までたタメ口だったのに急に敬語。確かに気にはなっていた。年上には敬語の高良は私には敬語を使わない。私は高良の補佐だし、上下関係から言えば当たり前なのでスルーしていたがこれはもしかして……。

「えっと、さんじゅう……」
「三十路!」
「いえ、その……プラス」

 私は人差し指を上げた。明らかに高良の顔が曇っていく。まさか年齢で研修期間終了なんて言わないよね。でもある求人で育成のため30歳までという文言を見たことがある。

 実際、次の派遣先が見つからない理由として派遣会社の社員からもう少し年齢が若ければと言われたことがあった。

「あの、私大丈夫ですよ。敬語なんて使わないで、これまでどおりに接してください。それに高良さんは私の上司ですし……私、ここを辞めろと言われたら困るんです」
「え? あ、辞めろなんて言いませんよ。ただ、同じ年くらいだと思っていたのでビックリしただけです。確かに俺の周りにも年齢不詳は多いですが、それは環境によるものかと思っていたので」

 お金のない私のような一般庶民は年相応のはずだと言いたいのだろうか。

 私は何故か20歳を超えた頃から年齢を若く言われることが増え、年を取ればとるほどその差は広がっていった。まさか31歳にして25歳に見られるとは、なんだか得したような気もするが、大人の魅力がないと言われているような気もして複雑だ。

「あの、本当に敬語じゃなくていいので、気を使わないでくださいね」
「そうだ! 手に年齢が出ると聞いたことがある。手!」

 高良は席を立ち私の席にやってきた。そして私の手を取り、甲を優しく触り始めた。
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