それは手から始まる恋でした
 引っ越し直後遅い時間に帰った時、変な人に声をかけられた。その日の夜から家の前に不審な人影がちらつくようになった。隣人やその知り合いの可能性もあるが、怖くて眠れない日々が続いている。

 特に害はないのでそのままにはしているが、なるべく遅くならないようにいつも急いで仕事を終わらせていた。今日も定時で帰ろうとしたが、穂乃果さんに捕まった。少し遅いとはいえまだ大丈夫だろう。私は警戒しながら帰った。

 それから1週間が経った。高良は出張から戻ってきたが私に辞めろとは言ってこない。それでも私は次の転職先を見つけた方がいいだろう。高良の笑顔を見るたびにその笑顔は穂乃果さんが傍にいてくれるからだと思うと嫉妬で狂いそうになる。

「ごめん、波野さん。これ今日まで提出って高良さんに言われてたんだけど、こんな時間までかかっちゃって。今日中にチェックして提出お願い」
「分かりました」
「俺これから合コンだからもし不備があったら電話して」

 定時後に平然と言ってくる若手社員。敬語すら使ってこない。

「電話したらすぐに出てくださいよ。あまり遅くなれないので」
「もちろん。ありがとう」

 早速チェックしたが資料は支離滅裂だ。日本語から勉強し直していただきたい。何を根拠に言っているのかもわからない。何度か電話をかけてみたものの全然繋がらない。やっと折り返しの電話が来た時には、自力で調べてほとんどの作業を終えていたところだ。

「すみません。周りがうるさくて電話鳴ってるの気づかなくて」

 電話が来ていないか確認しながら合コンを楽しめないものなのだろうか。どうしても分からなかったデータのありかを聞き、編集して高良にメールで提出し帰宅した。

 暗い夜道を一人で歩いているとあの日と同じように誰かにつけられている気がする。気のせいだと言い聞かせ急いで家に帰り、鍵を開けて中に入った。チェーンをかけて鍵を閉めてほっとしていると階段を上る音が聞こえてきた。

 同じ階の人だったのか。変な勘違いをして申し訳なかったと思っていたらドアをたたく音がして、ドアポストがカタカタなった。

嘘でしょ。今まで何もしてこなかったのになんで今日なのよ。
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