指輪を外したら、さようなら。
7.彼の本気




 わざわざ受付を通して呼び出すのは、牽制だよな……。



 たった一言の挨拶で、互いが何者なのかを互いに悟ったと感じたのは、女の勘。



 奥さんは、夫の愛人(私のこと)に気付いている――。



 十二時少し前になると、受付から比呂に内線が入った。席を外している時は、近くの誰かが受話器を取るから、比呂の奥さんが来ていることはすぐに広まった。楓ちゃんの宣伝効果もあって、部に留まらず、社内の八割の女子社員の知るところになった。

 五日間、何の説明もなく放っておいたくせに、土曜には何事もなかったようにやって来た比呂は、プロポーズという名の爆弾を落として帰って行った。正確には、追い出した。

 プロポーズを断られた腹いせなのか、離婚したい奥さんに連日押しかけられたストレスからなのか、比呂は強引で自分本位なセックスをした。

 以前から強引だったり、シたがりだったりしたけれど、あんな風に苛立ちをぶつけるようなセックスはしない。

 プロポーズを断られた後だから、当然と言えば当然だけれど。

 とにかく、二つ目の避妊具の封を切る前に、私は比呂を追い出した。

 私のミスだ。

 比呂は、不倫なんて出来る質じゃない。

 わかっていたのに、誘ったのは、私。

 軽いノリでふざけて見せても、根は真面目。

 誘ったのが間違いだった。

 翌日。

 私は逃げた。

 昨日の今日で比呂と顔を合わせる気にはなれなかった。拒み切る自信が、ない。

 とりあえず、街をブラブラしようかと札幌駅に向かい、地下街を一周して、また駅に向かった。

 買い物の気分ではなかった。



 さて、どこへ行こうか。

 

 改札の横でスマホを取り出し、迷いながらも発信した。

『もしもし?』

「龍也と一緒?」

 挨拶抜きで、聞いた。

『ううん?』

「行ってもいい?」

 あきらの最寄り駅前のスーパーで待ち合わせすることにした。

 日曜なのに龍也と一緒じゃないことが気になった。後で、聞けばいい。

 私の話も、聞いてもらいたい。

 大学時代から、あきらとは馬が合った。

 私があきらの病気や龍也との関係を知ったのは本当に偶然だった。私の不倫をあきらに知られたことも。

 正確には、私が不倫ばかりしていることを知っていて、あきらはずっと黙っていた。

 私が認めてからも、咎めるようなことを言われたことはない。理由を聞かれたことも。

 だから、あきらにはつい余計な話をしてしまう。

 今日は、特に、余計な話をしたい気分だった。

「どうしたの?」

 買い物カートを押す私に、あきらが言った。

「別に? 選べなくって」

 電話の後、すぐに地下鉄に乗った私は、あきらより十分早くスーパーに着いた。そして、カートを押して、真っ先に酒売り場を目指した。気づけば、缶ビールやチューハイ、つまみなんかでカゴが一杯だった。
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