指輪を外したら、さようなら。
14. 指輪を外していなくても



「金城、何も言うなよ」

「えっ!?」

「提案を袖にされて俺がキレた」

「はっ!?」

「いいな」

 何も良くない。

 が、私は何も言えない。

 黙って、比呂の手についた亘の血を拭っていた。

 顔中を血まみれにした亘と、亘の上に馬乗りになる比呂を見て、瑠莉さんは悲鳴を上げ、部屋を飛び出した。ドアは開いていたから、彼女が誰かを呼びに行くまでもなく、たくさんの人が飛び込んで来た。

 曲がりなりにも副社長。

 秘書やら重役やらといった、フロアの住人たちが現場を見た。

 比呂は警備員に取り押さえられ、亘は病院に運ばれた。

 そして、三十分後。

 私と比呂、金城くんは断罪の時を待っていた。

 警察を呼ばれても仕方がない状況で、そうされなかったのは亘が許さなかったから。もちろん、自分の立場を考えてのことだろうが、素直に感謝するしかない。

 持っていたタオルハンカチで濡れた比呂の顔を拭き、そのまま彼の手を拭いた。

 ソファに座る彼の正面に跪いてそうしている私と、そうされている比呂を見て、金城くんは気づいただろう。が、何も言わなかった。

 部屋に飛び込んで来た設計課の瓦田(かわらだ)課長、そして、菱野部長は、会社から走って来たのかと思えるほどの形相だった。もしかしたら、三十八階のここまで階段を使ったのかもしれない。

 それくらい、汗が噴き出した顔で、肩で浅い呼吸を繰り返していた。

 一緒に来た長谷部課長だけが、涼しい顔。

『だから言ったのに』と言いたげ。

 社長が不在で、専務という初老の男性が私たちの対応に現れた。

 部長と課長は、私たち三人から事情を聞き、改めて謝罪すると頭を下げた。

 専務の男性は、意外にもすんなりと了承した。

「きみの名前は?」

 部屋中に散らばった図面やカタログを拾い集めていると、専務に聞かれた。

「相川と申します」

「相川……。そうか」

 それだけ。

 私は専務に深く頭を下げて、ホテルを後にした。

「で? 何があった?」

 比呂は、部長たちが乗ってきた車に押し込まれた。私と金城くん、長谷部課長は私たちが乗ってきた車。金城くんが運転しようとしたが、動揺しているだろうと長谷部課長が運転席に乗り込んだ。助手席は私。

 長谷部課長の問いに目を泳がせる金城くんが、バックミラー越しに見えた。

「有川主任が大河内さんの挑発に乗りました」

「えっ!? 相川主任?」

 比呂に口止めされたにも拘らず、あっさり口を割った私に、金城くんが慌てた。

「大丈夫よ、金城くん」

「どうせ、何も言うなとか、俺が勝手にキレたことにしろとか言われたんだろ? お前は言いつけを守って、黙っていていい。ついでに、ここで聞いたことも黙っとけ」

 長谷部課長に言われて、金城くんはその通りにした。
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