さつきの花が咲く夜に
 六畳一間に三畳ほどのキッチンがあるだけ
の狭小アパートは古く、社宅というより寮と
呼んだ方がしっくりくるけれど、それでも母
娘二人の生活を温かく包み込んでくれていた。

 「ねぇ満留、今日は何食べたい?」

 「ううんとね、ええっとね、お好み焼き!」

 保育園の帰り道。
 ぶんぶんと、母と繋いだ手を大きく振りな
がら歩く夜道は光り輝いていて、やさしさに
満ちていて、思い出すだけで懐かしい。

 細やかだけれど愛情のこもった母の手料理
を食べ終えれば、お風呂に入るまでの間に折
り紙をするのが満留の日課で……。ふんわり
と浴室のドアの隙間から漂ってくるお湯の匂
いを嗅ぎながら、母と過ごすこの時間が満留
は大好きだった。

 向かいに座り趣味の編み物をする母の顔を
ちらちらと覗きながら、出来上がった折り紙
を見せる瞬間が一番ワクワクしたのを憶えて
いる。

 「ママ、見て見て。富士山!」

 水色の折り紙で立体的に折られたそれを見
せると、母はいつものように目をまん丸にし
て褒めてくれた。

 「上手ねぇ、満留。折り紙博士みたい!」

 富士山を手に取って、母が満面の笑みを浮
かべる。何を作っても、母は決まって「上手
ねぇ」と褒めてくれるのだ。そしてそれを、
大切そうに保管ボックスにしまったり、アル
バムに貼ったりしてくれる。毎日毎日、満留
が折り紙をするので、狭い部屋の中は満留の
作品が溢れ返っていた。

 「ねぇ、ママはなに作ってるの?」

 母の背後にまわって首筋にしがみつくと、
満留は手元を覗き込んだ。金色のかぎ針を手
に作っているのは、お花だろうか?赤い毛糸
で編まれたそれはバラのようにも、梅の花の
ようにも見える。

 「これはねぇ、ストラップを付けて編み物
の先生にプレゼントしようと思ってるの。梅
のお花よ。可愛いでしょう?これから真ん中
に黄色いビーズを付けるの」

 そう言って、ころん、とした小さなパール
のビーズをお花の中心に載せる。母は月に二
度開かれる公民館の編み物教室に通っていて、
そこで編み物を習いながらマフラーやニット
帽などを満留に作ってくれていた。会を主催
している先生とも仲が良く、「先生は何でも
作れちゃうのよ」と、母はいつも楽しそうに
話してくれる。母が公民館に行く時は一緒に
ついて行くこともあるけれど、ほとんどは
お隣の中谷さんのおばさんちにお邪魔して、
母の帰りを待っていた。

 「満留、今週はどうする?ママが公民館に
行ってる間、中谷のおばさんちにいる?」

 ちゃっかり膝に座り込んでいた満留の顔を、
母が覗き込む。中谷さんご夫婦とは懇意にし
ていて、互いの家を行ったり来たりする間柄
だった。
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