さつきの花が咲く夜に
 言い終えた母は縋るような目をしていて、
俺はそんな母を凝視したまま、ふと考える。

 このままこの地を去ってしまえば、もう
二度と彼女に会うことが出来ないのではな
いか、と。けれど、あれほど焦がれた空を
母が下りる決断をしたのは、まぎれもなく
俺との時間を取り戻すためで、その気持ち
が嬉しくないわけがなかった。

 俺はゆっくりと息を吐き出すと、数秒の
のち、「わかった」と口にした。母は安堵し
たように頬を緩めると、

 「これはあなたが持っていて」

 と、父のメガネを手に握らせたのだった。

 俺は父の形見を手に、しばし思いを巡ら
せた。

 この地を離れるまで、まだ時間はある。
 だからそれまでに、彼女を見つけよう。
 そして必ずまた会いに来ると、あなたは
独りじゃないのだと、伝えよう。


――どうしても満留さんに、会いたい。


 そう思う気持ちがどういう種類のものな
のか、自分でもよくわからなかったけれど。
 忍び寄る孤独から彼女を守ってやりたか
った。そして、出来ることならずっと、傍
にいてやりたかった。けれどそれが叶わな
いなら、せめて気持ちだけでも伝えたい。

 そう心に誓うと、俺はさっそく、彼女の
職場を訪ねてみることにした。

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