熱く甘く溶かして

「……まさか恭介と再会出来るなんて思ってなかったから、私にとって奇跡の一年だった……」
「そうだね……智絵里と再会して、ようやく止まっていた時計が動き出した。俺自身も前に進めたし、何より毎日が楽しいんだ」
「私も……楽しいなんて感覚、忘れてたもの。でも……なんていうか、恭介と一緒にいる楽しさを取り戻したんだよね。家族とか一花とか日比野さんとかとは違うの。自分らしくいられる心地良さ……ワガママ言ってるだけかもしれないけど、受け止めてもらえる安心感っていうのかな。これは恭介にしか感じないの」
「俺だけ特別ってこと?」
「うふふ、よく考えてみたらあの頃からずっと特別だったのかもね。だってその恭介に拒絶されるのが怖くて逃げ出したんだから」

 特別か……恭介は腕に力を込める。

「智絵里と再会した時に、俺にだけ拒絶反応が出なかったよな。あの時すごく嬉しかったんだ。智絵里の隣は俺にとって特別な場所だった。そこに《《俺だけ》》が立てる。またそこに戻れると思ったら、気持ちが抑えられなくなった」

 そして智絵里にあの日のことを聞いてから、俺の中で後悔も生まれていた。音楽準備室から走り去った智絵里の姿が蘇り、どうして助けられなかったんだろうと何度も後悔した。

『私の初めて、恭介にあげる』

 智絵里のあの言葉で俺は救われたんだ。現実にはもう終わったことでも、二人の間にはそれを超える想いと記憶と絆が出来た。

「恭介が私を見つけてくれて良かった……」
「うん……正確には松尾さんだけど」
「でも私を離さないでくれた。私、恭介と再会出来て本当に幸せだよ……」
「……俺だって……ずっと探し求めていたのは智絵里だった。だから……俺のそばに戻って来てくれて嬉しいんだ」

 いつの間にか夕日は沈み、暗闇の中に月明かりに照らされた波が光る。

「今の会社って、ずっと私が愛用してた部屋着のメーカーで、縁があって働かせてもらえることになったんだ。社名の『aube(オーブ)』ってフランス語で『夜明け』っていう意味なんだって」

 智絵里は恭介の腕の中で体の向きを変え、彼の体を抱きしめる。
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