熱く甘く溶かして
あなただけ
 夕食を食べ終え、バルコニーに置かれた二人掛けのソファに座っていた。昼間の海は太陽の光を受けて輝いていたが、今は月明かりが反射して、ほんのりと輝きを放っている。

 恭介の足に挟まれるように腰を下ろし、彼の胸に体を預けていた。包み込まれる温もりに、眠くなるほどの安心感を覚える。

「私ね、旅行とかほとんど行ったことがないの。一人で日帰り旅とかはしたけど」
「そういえばアメリカも一人で行ったんだろ? 海外に一人で行くってすごい勇気だと思うけど」
「まぁね。でも一花の家に泊めてもらったし、一人だったのは飛行機だけかな」

 滞在したのは三日だったが、初めての海外にワクワクした。その時、自分が旅好きなのかもしれないと思ったが、重い腰が上がらず、なかなか行動には移せなかった。

「だからね、今日はすごく楽しいよ。二人で車で目的地に向かうのも初めてなら、助手席も初めて乗ったの。でも旅行なのに、ホテルから一歩も出られていないことには不満もあるけど」
「ま、まぁまぁ、明日もあるしさ! 今日はゆっくりしようよ」
「……仕方ないなぁ」

 恭介は智絵里の体に腕を回して優しく抱きしめる。首にキスをしてから、智絵里の匂いを吸い込むと、脳裏に懐かしい記憶が蘇る。

「……ちょっと昔話してもいい?」
「うん……なんか今日はこんな話ばかりだね」

 それだけ智絵里との思い出はたくさんあるんだ。親友だったのは一年半なのに、学生生活の中であの頃が一番輝いてる。

「高三の夏休みだったかなぁ……部活を引退した次の日に智絵里の家に行ったよね」
「……そうだったっけ?」
「うん。二人で宿題しながら、なんか俺は達成感と喪失感が半々くらいで存在しててさ、なかなかやる気が起きなかったんだ」

 六年間ずっとサッカーを続けてきた。だから生活の一部がなくなってしまったような気持ちになった。

「智絵里がさ、雲井さんと一緒に作ったってチーズケーキを出してくれて。そしたら肩を抱いて『明日は何する?』って言ってくれたんだ。引退して感じた喪失感を、智絵里がすぐに埋めてくれた」

 その言葉を聞いて思わず笑ったのを覚えてる。『なんだよ、それ』って言いながら、すごく満たされたんだ。
< 77 / 111 >

この作品をシェア

pagetop