熱く甘く溶かして
* * * *

 仕事を終えて帰り支度を始めた松尾に、恭介は紙袋を手渡した。

「一泊で旅行に行ったんで、少しですがお土産です。良かったらどうぞ」
「気がきくじゃん! おっ、ご当地ビールとつまみ! いいねぇ。畑山ちゃんと上手くいってるみたいで俺は嬉しいぞ〜」
「ありがとうございます。お陰様でプロポーズして、OKの返事ももらいました」

 恭介がサラッと言ってから立ち上がったため、松尾は驚いてひっくり返りそうになる。
 
「おまっ……なんでそんな大事なことをサラッと言っちゃうんだよ!」
「別に、ただの報告なんで」
「おいおい! 何がどうなって、どんなシチュエーションでどう返事が来たかとか、教えろよ〜! 気になるだろ〜!」
「まぁいずれ機会があったら」
「お前の恋のキューピッドの松尾さんだぞ! 最後まできちんと報告しろよ!」
「相変わらず乙女ですね、松尾さん」
「……お前、畑山ちゃん以外だとドライだよな」

 その時恭介のスマホが鳴る。画面に表示された名前を見ると、慌ててオフィスから飛び出した。

 非常階段へのドアを開け、外に出る。

「もしもし」
『仕事中に悪いな。蒔田にお前に伝えて欲しいって言われて』

 電話の主は早川だった。

「何かあったのか?」
『杉山が蒔田に畑山の職場を聞いてきたらしい』
「……それで蒔田は?」
『蒔田は知らないって答えたらしい。まぁ実際知らないからな。そしたら畑山を見かけたっていうビルの場所を、別の教師が杉山に教えたらしい』
「わざわざ聞いてきたってことは、接触しようとしてるってことか?」
『蒔田によれば、ずっと預かってるものがあるから返したいって言ってたんだと。それが事実かはわからないが、俺たちは張り込みをして杉山の出方を見る』
「わかった……」

 恭介は非常階段の手すりに寄りかかる。

 杉山は智絵里に会おうとしている。この間の同窓会に来たのも、智絵里目当てだったことは確実だろう。

 じゃあ目的は? ただ会って話すだけ? それなら俺をあんな目で睨みつけない。やっぱり智絵里と関係を持とうとしているのか?

 でもあの日、智絵里はあいつの前から逃げ出した。理由を考えれば、何があったかを感じ取ったからに他ならない。そんな相手に何もなかったように近付いたって、拒否されることは目に見えているはずだ。じゃあ拒否されないための何かがあるのか……?

 恭介ははっとする。智絵里が言うことを聞かざるを得ないような証拠があるのか? それを使って脅そうとしている?

 恭介はスマホを握りしめ、急いでオフィスに戻った。
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