友達、時々 他人
15.脅迫染みたプロポーズ
龍也が私と同じ想いを口にした。
どんなに注がれても、私の胎内が龍也のDNAに染まることはないけれど、もっと深い所で繋がれた気がして、嬉しかった。
結婚とか、子供とか、そういう法的な繋がりなんかなくても、この先何があっても、龍也と想いが重なった事実が、きっと私を支えてくれると思った。
龍也の腕に抱かれながら目覚めた私は、昨日までの鬱蒼とした気分が嘘のように、ベタな言い方をすれば生まれ変わったかのように身体も気分も軽くなっていた。
足腰は怠かったけれど。
起き抜けに私を見つめた龍也が何度か唇にキスをくれて、そのキスが私の首筋に下りた時、スマホの目覚ましが鳴った。
散々抱き合って、もういい加減限界だと思ったにもかかわらず、チェックアウトの時間に遅れてはいけないと目覚ましをセットした。
十二時までチェックアウトを延長できるにしても、龍也が満足したのが日付が変わった三時間後だったこともあって、念のためにと十一時にセットしておいた。
「そう言えば、先週千尋に会ったよ」
私に続いてシャワーを浴び終えた龍也が、タオルで髪を拭きながら言った。
「千尋?」
「ん。なんか……修羅場? って感じだった」
「なに、それ」
「んーーー、あれ、多分、彼氏の奥さんだろうな」
「マジで!?」
「うん。けど、多分、決着ついた感じ?」
全然意味がわからない。
帰ってからでも、千尋に電話してみようと思った。
龍也がワイシャツに袖を通す。
「それより、親への挨拶はいつにする?」
「は?」
単純に意味が理解できず、聞き返した。
「やっぱ、先にあきらんとこだよな」
まさか――!
「ちょ――、待って! 挨拶って――」
「――結婚の挨拶」
龍也がけろりと言った。それから、ようやく私が驚いて話についていけてないことに気づいた。
「え!? 昨日、プロポーズOKしてくれたよな?」
「…………」
確かに、未来を連想させる言葉を貰った。
『ずっと』とか『死ぬ間際』とか。
けれど、正直、私は龍也のその気持ちだけで胸が一杯で、未来なんてどうでもいいから今は龍也に抱かれていたいとしか思わなかった。
いや、うん、私もずっと一緒に居たいけど……。
「嘘だろ……」と特大のため息とともに言葉を吐き出した龍也は、メイクをしようとソファに腰かけている私の足元に跪いた。
ワイシャツにボクサーパンツという、何とも格好つかない格好。
「お前、まさか、この期に及んで、子供を持てないなら籍を入れる必要はない、とか思ってたりしないよな? 籍を入れて俺が心変わりしたら、とか」
「……いや、その、急ぐ必要なないんじゃないかなぁ……なんて?」
図星を突かれて、私は視線を泳がせる。
「急ぐ必要、あるから!」
「なんで?」
「実は、俺――」
突然、高音の電子音が鳴り響いた。
私と龍也のスマホの着信音が入り混じって、やかましい。
二人ともテーブルの上に置いていたから、余計に。
「麻衣?」
「陸さん?」
画面を見た私と龍也の言葉が重なった。
顔を見合わせながら電話に出る。
龍也は立ち上がって、バスルームに向かった。
「もしもし?」
『あ! あきら? 最近、千尋と連絡とった?』
麻衣の声はとても慌てているようだった。麻衣の声の奥で、男性だと思われる声がする。誰かと一緒なのか、テレビを見ているのかはわからない。
「千尋? ううん。先月の飲み会が最後だけど――」
『――いなくなっちゃったみたいなの!』
「いなくなった?」
『仕事も辞めて、引っ越しもして、彼氏も連絡が取れないって探してて――っ』
「ちょ――、麻衣、落ち着いて? それ、本当?」
『本当! 駿介が彼氏から聞いて――』
駿介の彼氏――?
駿介って麻衣の彼氏でしょ?
『麻衣さん、落ち着いて』と、割とすぐそばで男性の声。
『とにかく来てもらえるように話した方がいい』
『あ、うん。そうだよね。あきら、とにかく急いで家に来て。それから詳しく――』
「あきら!」
バスルームから飛び出してきた龍也の声が、麻衣の声をかき消す。
「麻衣さんの家に行くぞ!」
『え!? 龍也!? 一緒に居るの?』
電話の向こうの麻衣にも聞こえたらしく、お互いに説明の必要がありそうだが、とにかく今は麻衣の家に行くのが先だと察した。
「これから麻衣の家に行くから。話はそれから」
麻衣の返事を聞かずに赤い受話器をタップすると、私と龍也は部屋を飛び出した。