友達、時々 他人
8.友達に戻る時



 茫然自失、とはこういう状態のことを言うのだろうか。

 手の中のスマホに表示された、待ちに待ったあきらからのメッセージに視線を落とす。

『恋人が出来たので、友達に戻ろう』

 何度も見た、文章。

 この四年、何度も受け取ったメッセージとよく似ている。

 いつもは、そのメッセージを見て、ため息をつき、あきらの肌を思い出し、今度は何か月の我慢かな、なんて考えるだけだった。

『恋人が出来たので、他人になろう』

 それが、いつものメッセージ。

 だが、今回は違う。

 激しい動悸、呼吸困難、心臓を握りつぶされそうな痛み、こみ上げる苛立ち、悲しみ、そして、何かの間違いではと縋るような願い。

 それは、いつもと違う一言に、いつもとは違う一文が添えられていたから。

『結婚も考えてる』



 結婚――!?

 ちょっと待て、いつの間に男なんて――。

 その上、結婚!?

 意味がわからない!!



 手当たり次第に暴れたい衝動に駆られたが、落ち着くように自分に言い聞かせて、大きく深呼吸をした。

 この数か月で、あきらとの距離が縮まったと思っていた。

 OLCの飲み会に、二人で行った。

 恋人のように外では会わないと言っていたのに、電器屋に行った。

 元カレに会った日は、俺のところに来た。

 踏ん切りがつかないだけで、気持ちは確実に俺にあると思っていた。

 嫉妬に駆られて泣かせてしまったけれど、謝って、ちゃんと気持ちを伝えたら、わかってくれると思っていた。



 なのに――!



 俺は部屋を飛び出した。

 時刻は二十二時を過ぎたところで、俺は駅で客待ちするタクシーに乗り込んだ。

 全力疾走したせいで、行き先を告げた後は座席の背に身体を預け、肩で息をしていた。ようやく呼吸が整い、ふうっと前屈みになって、自分がいかに慌てていたかに気付く。グレーのスウェットに黒のダウンコート、足元は裸足に革靴。なんとも間抜けな格好だ。コートのポケットには、財布とスマホと家の鍵。

 あれだけ慌てていて、ちゃんと施錠してきた自分に驚きだ。

 同様に、玄関ドアを開けたあきらも驚いていた。

「龍也……」

 俺は強引に玄関に押し入ると、後ろ手でドアを閉めた。

「なんだよ、あれ……」

「そのまんま、よ」と、あきらは顔を背けた。

「あきら!」

「――いつも通りじゃない!」

「どちらかに恋人がいる時は他人、じゃなかったか? どうして友達だよ!?」

「それは――っ」

 打ち間違いなら、良かった。

 けれど、あきらの反応からすると、わざとだ。

 わざと、『友達に戻ろう』と打った。

 あれは、俺への決別宣言だ。

「好きだ!」

 苛立ちとか嘆きとか懇願とか、色んな感情に突き動かされて出た言葉は、実にシンプルなものだった。

「好きだ!!」

 戸惑うあきらの腕を掴み、引き寄せた。力いっぱい、抱き締める。

「好きだ」

 そう繰り返しながら、気の利いた言葉を考える。

「この前はごめん。二度と、あんなことはしないから」

「龍也……」

「だから――っ」

「――ごめんなさい」
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