秘密のベビーのはずが、溺甘パパになった御曹司に一途愛で包まれています
 明日はどう過ごそうかと、行ってみたい美術館や観光スポットに対する期待からお酒が進む。
 それも二杯目が空になる頃には、いつまでも遊んでいるわけにはいかないと妙な焦りを感じ出した。遠くに見える赤いライトの点滅が、まるで私を責めてくるように錯覚する。

 さらに三杯目となった今、自身の過去を振り返って感傷に浸った。
 酔いも回ってきたのだろう。実家について決して未練があるわけじゃないのに、これまでの自分はあまりにも惨めだったと、やりきれなさにうつむいた。

 勇気を出して入店したが、もしかして間違いだったのかもしれない。結局はホテルでひとりになろうと、ここで飲み明かそうと、結果は変わらなかったようだ。

 うつむがちに残りわずかになった三杯目のカクテルを見つめていると、背後から唐突に声をかけられた。

「失礼。ご一緒しても?」

 沈み切った女に声をかけるなんて物好きもいるものだと、渋々振り返る。出会いなんて望んでいなくてげんなりしたが、相手の男性を視界にとらえて息を呑んだ。

 すらりとした体躯をわずかに屈めて私を覗き込んだ彼の容姿があまりにも素敵で、驚きに言葉を失う。
 黒髪にスーツをビシッと着込んだ姿には、浮ついたところがなくて誠実そうに見えた。優しげに細められた目元は温和な印象を与えるし、口角が上がった薄めの唇には親しみやすさを感じる。

 気取ったところもなく、すぐに返事ができない私に対してますます笑みを深めると、「どう?」と首を傾げながら尋ねてくる。失礼ながら、そのしぐさをかわいいと思ってしまった。

「ひとり?」

「え、ええ」

 なおもまごつく私にくすりと笑いをこぼすと、「俺もなんだ。だから話し相手になってくれないか?」と、止める間もないまますっと左隣に座られる。
 二人掛けとはいえ、それほど広くないソファーだ。少し身じろぎしただけで膝や腕が触れてしまいそうな距離感に、鼓動が速くなる。

 それでも対面でなくてよかったかもしれない。こんな素敵な人と向き合っていたら、緊張と気恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだ。
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