楽園 ~きみのいる場所~
無意識に写真を握り潰し、鳴りやまぬスマホに目を向けた時、唇が震えた。
楽の名前。
なぜ、征子さんが楽の番号を登録しているのか。
なぜ、楽が征子さんの番号を知っていて、こうしてかけてきたのか。
そもそも、本当に楽なのか。
全ての疑問の答えを求めるべく、俺は〈応答〉をタップした。
『……なま……え、呼んで?』
楽が、電話の向こうで泣いている。
『声を……聞かせて――?』
俺のいないところで、独りで泣いている。
天井を見上げた。
豪奢なシャンデリアが滲んで見える。
『独りは地獄だ』
もう、限界だった。
『悠久と一緒なら、地獄でもいいっ!』
羽田で会おうと伝え、店を飛び出した。
正面玄関の駐車場には、俺を萌花のいるマンションまで運ぶための車が待っているから、裏口から出たいと従業員に頼み込んだ。
なぜか従業員はあっさりと従業員用の玄関に案内してくれた。
今思えば、全て征子さんの思惑通りだったのだろう。
それでも、いい。
こうして、楽に会えた。
楽を、抱けた。
そもそも、俺に明堂貿易を継がせたくない征子さんと、継ぎたくない俺の利害は一致している。
彼女の掌で転がされることは腹立たしいが、それで楽と一緒にいられるのなら大した問題じゃない。
火照った身体を冷ますためにとぬるくしていた湯の温度を少し上げた。
そして、今度は、これからのことを考えた。
まず、住む場所を決めなければ。
楽の希望を聞いて、土地を決め、手頃なアパートかマンションを借りる。家具家電も買わなければ。
あ、スマホも必要だな……。
突然、ヒヤッとした冷たい空気が足元を包んだ。
不思議に思って振り返ると、ドアが半分開いていて、楽が顔を覗かせていた。
前髪から滴る水滴で、よく見えない。
俺はシャワーを止め、手で目元を拭った。
「楽? 起きたの――」
顔を上げるより先に、楽が胸に飛び込んできた。
「――楽?」
両手が俺の背中にしがみつく。
「目が覚めたらいなかったから……」
甘えている、というよりは必死でしがみついている、という表現が正確な抱擁。
俺は楽の肩を抱いた。
俺の手が熱いのか、彼女の肩が冷たいのか。
目が覚めて俺がいないことで不安になったのだろうか。そうでなければ、彼女が何も羽織らずに、裸のままで風呂に突入なんてしない気がする。
一緒に風呂は恥ずかしいって、ずっと言ってたしな。
俺はハンドルを回して、熱い湯を放出させた。
彼女の肩を抱いたまま、腕を伸ばしてドアを閉めてから、浴槽の上にあるスイッチを押して湯船に湯を張る。
溜まるまで、シャワーを浴び続けた。
「そういえば、どうして札幌?」
湯船の中で、楽を背後から抱き締め、聞いた。
楽は俺の胸に背中を預け、うとうとしている。
「時間的にちょうど良かった?」
「子供の頃に少しだけ住んでいたことがあるの」
初耳だった。
当然だが、俺はまだまだ楽について知らないことが多い。
「ごめんね。寒いよね」
「まずはコートを買わなきゃな」と、俺は笑った。
「修学旅行でしか来たことないけど、いい街だと思うよ」
「うん、私もそう思う」
「楽はどこの町で暮らしてたの?」
「地下鉄のS駅の辺りだった。S小学校に通ったの」
「じゃあ、その辺でアパート探す?」