楽園 ~きみのいる場所~



『不自由はないかい?』

 いつもと変わらない穏やかな声に、私はホッとした。

「大丈夫です」

『どんな小さなことでも、困ったことがあれば、言うんだよ。明堂さんは嫌がるかもしれないけれど、俺はどんなことでもするからね』

「ありがとうございます」

 私と悠久のことを認めて、力になると言ってくれる修平さんの存在は、救いだ。

 ウィークリーマンションで暮らし始めてすぐに、修平さんに居場所を知らせたいと言ったら、悠久はムッとした表情を見せた。

 私が修平さんと会っている写真を見せられていた悠久は、修平さんが今も私に未練を残していると思っていた。

 私は、修平さんの言葉に背中を押されて、励まされて、悠久と離れていた時間を耐えていたのだと話した。

 渋々だったけれど、修平さんに居場所を伝えることを了承してもらい、それからこうして、週に一度くらいだけれど、連絡をしている。

 悠久に心配する必要も、嫉妬する必要もないことをわかってもらうために、彼の前で。

 今も、悠久はダイニングでコーヒーを飲みながら、こちらを見ている。

『来週、お祖母さんの誕生日だろう?』

「あ、そうですね」

『ようやく、相続関係も落ち着くから、そうしたら少し仕事を休もうと思うんだ』

「体調が悪いんですか?」

『いや。浩一との時間を持とうと思ってね。旅行もいいかもしれないな。北海道に行ったら、顔を見せてくれるかい?』

「もちろんです」

『ありがとう。新学期の前にでも行けるように調整するよ』

 また連絡すると伝えて、電話を切った。

 私が見ると、悠久が視線を逸らした。

「修平さんが北海道に来るかもしれないって」と、報告する。

「楽に会いに?」

「ううん。お子さんと旅行だって」

「え……?」と、悠久が目を見開いて私を見た。

「子供?」

「うん」

 私は修平さんとの離婚の経緯を詳しく話した。浩一くんのことも。

 なんとなく、言う必要はないと思ってきたけれど、今は話してもいいかなと思うようになっていた。

 私が今も修平さんと連絡を取り合うのは、未練のような男女の情からではなく、性別を超えた家族としての情と、修平さんの贖罪の気持ちからだとわかって欲しいから。

「あとは……おばあちゃんの為だと思う」

「おばあちゃんて、亡くなった?」

「うん。おばあちゃんが結んでくれた縁を守れなかったことを、修平さんは気にしてるんだと思う」

「それだけで、離婚した後もこんなに気にかけるか?」

「とても一途で義理堅い人だから……」

「ふーん」

 不機嫌さが滲み出る声に、私は顔を上げた。

「離婚したのに縁が切れてないのって、なんかムカつくんだけど」

 そう言うと、悠久は立ち上がり、私の隣に腰を下ろした、そして、ぎゅうっと私を抱き締める。

「俺だって一途だから」

 修平さんとの関係を誤解はされたくないけれど、ヤキモチを妬いて貰えるのはくすぐったくて嬉しかった。

 次に修平さんから電話がきたのは、二日後だった。
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