楽園 ~きみのいる場所~

「元気……か?」

『うん。悠久は?』

「ああ」

『ちゃんと食べてる?』

「ああ」

『……どうしてこの番号……』

 俺は楽を諦めるつもりなんてなかったけれど、彼女にしてみたら別れて三カ月も経って、今更何の用だと思うだろう。

 俺は明堂貿易をぶっ潰してやるとがむしゃらになっていたが、もしかしたら楽にとって俺はとっくに過去の男なのかもしれない。

 そう思うと、怖くなった。

「離婚、した」

 怖くて発した言葉が、報告。

『え?』

「萌花と離婚した」

『うそ……』

 消え入りそうな声。

「嘘じゃない。子供の父親が俺じゃないことを証明したんだ。けど、子供は死産だった」

『えっ――?!』

「萌花は実家に帰ったよ」

『そう……』

 そこまで話して、気が付いた。

 テレビや新聞で取り上げられているのに、楽は知らなかったのだろうか。

「ワイドショーとかで騒がれてるんだけど、知らない?」

『えっ!? そうなの?』

「うん」

『あ、テレビ……なくて』

「そうなの?」

『もともと、見ないし……』

「そっか」

『うん。けど、騒がれてるなら、悠久もテレビに映ってたりした?』

「ああ、うん。あんま写り良くないけど」

 俺との会話を嫌がる様子がなくて、少しホッとして頬が緩む。

『そっか。じゃあ、見れば良かったな』

「え?」

『悠久の顔……見られるなら……っ』

「楽?」

『会いたいっ――!!』

 か細く、けれどハッキリと告げられ、今も想いが繋がっていると確信した。

 嬉しくて堪らない。

 今すぐに、少しでも彼女の近くに行きたい。

 日付が変わる少し前では、飛行機も電車も使えない。



 車で、とにかく北へ向かおうか。



 本気で考えた。

 だが、現実的じゃない。

「俺も会いたいよ」

『悠久、ごめんなさい。私――あなたを傷つけて――――っ』

「――悪いのは俺だ。そばにいたい一心で、取り返しのつかないことをしようとした。ごめんっ!」

『悠久……』

「愛してるよ、楽。来週の株主総会で会社を辞めて、全部片づけて会いに行く。そしたら、もう、二度と離れない」

『……っ』

 泣いている。

 楽が声を殺して泣いている。

 抱きしめたいのに、出来ないもどかしさに、俺は拳を握った。

「会いに、行くから」

『うん……』

 ぐすっと楽が鼻をすすったのが聞こえた。

「違う。迎えに行く、かな」

『え?』

「これからはずっと一緒だから」

『うん……』

「愛してるよ」

『私も』

 ああ、抱きしめたい。

 キスがしたい。

 声を聞いてしまったら、その想いを抑えきれない。



 やっぱり、会いに行ってしまおうか。



『あ、そうだ。私ね、その、引っ越しちゃったから、その、札幌にはいるんだけど、一緒に暮らしてたマンスリーは解約しちゃって』

「そっか」

『荷物も処分……しちゃって』

「ああ、いいよ。長く住めるところを探そうか。日本中を旅して決めてもいいし」

『えっ? あ、旅行……はちょっと……』

 楽が口ごもる。

『できれば、ここに住んでいたいの』

「引っ越したくないってこと?」

『ううん! この街が好き……なの』

 なんだか歯切れが悪いなと思ったが、気にするほどでもない。

「俺はどこでもいいよ。楽がいる場所が、俺のいる場所だから」

『ありがとう』

 ふわふわした夢心地で会話をして、スマホの充電が切れそうになって慌ただしく電話を切った。

 その夜から毎朝毎晩、電話で話した。

 テレビ電話は恥ずかしいと言われ、泣く泣く諦めた。

 あと一週間の辛抱だ。

 五日後の楽しみだ。

 そうやって子供の様に指折り数えていたのに――――。

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