楽園 ~きみのいる場所~
「いつの間に……」
小さな山の麓に、そこら辺の石を並べたような囲いの中に墓石が立っていたはずが、駐車場が完備され、墓地までの道も舗装されている。階段とスロープがあり、手摺りまで設置されていた。
「八年前は、砂利道だったのに」
「すごく綺麗になってますね。手摺りがあるので、杖は私が持ちましょうか」
「あ、いや、いいよ。楽は花とかあるし」
俺は杖と手摺りを使って、スロープを歩いた。楽は花やお菓子、掃除道具を持って俺の後ろを歩いた。
きちんと区画割りされ、重々しい囲いの中に立派な墓石がそびえている様を見て、逃げ出したくなった。
いつからこんな風に変わってしまったのかわからないけれど、うちの墓は昔のままだ。
ばあちゃんや母さんに申し訳なく思うのと同じくらい、楽に軽蔑されるのが怖かった。
実の母親が眠る墓を蔑ろにしてきた薄情な男だと思われたくない。
今更か……。
埃だらけの仏間を彼女に掃除させたのは、つい昨日のことだ。
案の定、うちの墓だけみすぼらしく傾きかけていた。もともと傾きかけていたが。
「こんなんで、よく化けて出なかったな」
言われるより前に、言った。
「気持ちがどうであれ、お墓ってお金がかかりますし、お母様もわかってくださってますよ」
「それにしたって……」
俺の場合は金の問題じゃない。気持ちの問題だ。
楽がテキパキと墓の掃除をしてくれた。花と菓子を備え、ろうそくと線香に火をつける。俺は彼女の肩を借りてしゃがみ、手を合わせた。彼女も。
「帰ったら、墓石屋調べなきゃな」
他の墓に負けないくらい、デカくて立派な墓に変えると決めた。
「かりんとうとバタークッキー、どっちを食べますか?」
「え?」
「お供え、置いたままだと鳥に荒らされちゃうから、食べて帰らないと」
「そうなの?」
「私の田舎ではそうですけど、持って帰りますか?」
「……いや、食べよっか」
昨日もそうだったが、彼女と二人でボリボリと色気のない音を立ててかりんとうを食っていると、なんだか今までの暮らしが幻のように感じる。
明堂の人間になってから、父や兄に馬鹿にされないようにとエセセレブを演じてきた。実際はセレブなんかじゃないのだから、ナイフとフォークを何本も使うような食事はしたことがなかったし、デートの時に女の椅子を引くとか、車のドアを開けるとか、腰に手を添えて歩くとか、どこかの王族かハリウッドでの事だと思っていた。けれど、貿易会社となれば世界中を飛び回る。俺の常識なんて通用しない世界で、恥ずかしがっている余裕なんてなかった。
俺の不出来は、俺を育てた母親の責任にされる。それだけは嫌だった。
憎んでいたはずなのに、母親を悪く言われるのは我慢が出来なかった。
「……とっくに許してたんだな」
「え?」
「ずっと憎んでたつもりだったけど……」
「……?」
何の話か分からず、楽は不思議そうに俺を見上げて胡桃ゆべしを頬張る。
女と墓地で菓子を食うなんて、そうあるシチュエーションじゃあない。
そう思うと、なんだか無性に笑えた。
「どうしたんですか?」
「ん? いや、なんか――」
「……?」
来年もこうして墓参りに来られたらいいな。
確かに俺は、そう思った。
それから、来年は飲み物も一緒に持って来よう、とも。