楽園 ~きみのいる場所~
「いや。一緒に暮らし始めて二か月くらいになるけど、楽、全然休み取ってないだろ? 前に休みって決めた日も、結局ずっと家にいて、いつも通り飯を作ってくれたし。たまに、一人になりたいとか、どっか買い物に行きたいとかないか?」
蛇口のレバーを上げ、タオルで手を拭くと、楽は俺の隣に斜向かいに座った。
「急に、どうしたの?」と、もう一度聞く。
「だから――」
「――悠久さん、一人になりたいの?」
「ちがっ――! 俺じゃなくて楽が――」
「――私は、この家が好きだから」
「え?」
「この家で、悠久さんと一緒に居るの好きだから、お休みでもここにいると思うから、気にしないで」
わずかに首を傾げて微笑む楽は、惚れた弱みを差し引いても可愛くて、可愛すぎて、脳がいろいろ端折って『悠久さんが好きだから』と編集してしまい、それが耳の奥でこだまする。
重症だ。
「じゃあ、なにか欲しいものない?」
「……バリスタ?」
「え?」
「コーヒーメーカーの調子が悪くて……」
「ネットで買っておくよ」
「ありがとう」
違う。
そうじゃない。
俺は、好きな女になにか贈りたいと思った。
萌花や、以前の恋人は、流行りのアクセサリーで良かった。例外なく喜ばれた。
だが、楽は違うと思う。
アクセサリーの一つどころか、髪を結ぶゴムすら飾りのない茶色の物。
俺の気持ちなんて知る由もなく、楽は洗い物の続きをしようと立ち上がった。
「そうじゃなくてっ――!」
思わず、声のボリュームが大きくなってしまった。ついでに、彼女の手首を掴んでしまった。
何事かと俺を見つめる彼女の瞳に、鼓動が急加速を始めた。
「楽に、何かプレゼントしたい」
「え?」
「生活必需品とかじゃなくて、その――」
いつも思うが、楽の前では余裕が持てない。
本当なら、こんな風に聞いたりしないで、サプライズでプレゼントを用意して、洒落たBarや夜景の綺麗なホテルの部屋で格好よく渡したい。そう出来ていた。事故に遭う前は。
ネットでいくら探しても、楽が喜びそうなものなんてわからなくて、だけど何か贈りたかった。
気持ちばかり先走って、格好よく抱き締めてキスをして蕩けさせることも出来ないけれど、せめて、男として楽を好きだと、行動で示したかった。
だからって……、カッコ悪すぎだよな。
自信のなさから、無意識に俯いてしまう。ますます、格好悪い。
「――日頃の感謝? みたいな……」
「ありがとう」
降ってきた彼女の柔らかい声に、頭を上げた。
「ありがとう」
楽はいつも、欲しい言葉をくれる。
俺はいつも、彼女の言葉に救われる。
「最近、頭が痛くて――」
「え!?」
「あ、体調が悪いんじゃないの」と言って、楽は手を上げて自分の後頭部に触れた。