楽園 ~きみのいる場所~
「実家には帰らないんですか?」
萌花の父親は人材派遣会社社長。母親は専務。萌花は広告塔としてモデルをしていた。
人材派遣会社と言っても、セレブ向けのコンパニオンの養成と派遣がメインの会社。
俺の父親は貿易会社社長で、兄を始めとする息子三人も働いている。俺に関して言えば、『働いていた』が正しいが。
いや、今はまだ休職扱いか。
とにかく、会社関係のパーティーで萌花の父親と取引があり、萌花と知り合った。
萌花の実家の資産を考えれば、出戻って来た娘の何人かなど、なんなく養える。
「離婚されたこと……父が怒っていて帰れないんです」
お義姉さんはそう言って、俯いた。
「なので、明堂さんのご迷惑でないのなら、置いていただきたくて……」
お義姉さんのきつく結んだ黒髪を見ていたら、なんだかやけに痛そうで、解いてあげたくなった。
妻の萌花はモデルをしていたこともあり、華やかで注目を浴びたがった。胸から尻までしか布のないドレスや、ロングだけれど尻のギリギリまでスリットの入ったドレス、背中が丸見えのドレスなんかに、大粒の宝石のネックレスや、耳朶がちぎれそうなほど大きなピアス、メリケンサックかのような大きな宝石の指輪、凶器にもなるピンヒール。
さっきも、退院した夫の様子を見に来るには相応しくない、目がチカチカするようなスパンコールのワンピースに、黒革のジャケットという格好だった。
ところが、それと同じDNAを持っているはずの目の前の女性は、真っ白いシャツに紺のワイドパンツ、口紅もネイルもしていない。
一言でいえば、超地味。
だが、彼女から漂う石鹸の香りには、気持ちが落ち着けた。
「よろしくお願いします」
俺が言うと、彼女が微笑んだ。
こうして、俺と彼女の同居生活が始まった。
二人で初めにしたことは、契約書の作成だった。
俺が条件を提示し、彼女がノートパソコンで入力していく。
ざっくり言うと、こうだ。
彼女の業務内容は、俺の生活全般の補助。休憩や休日は、その都度俺の了承を得ること。現在使用していない二階の三部屋のうち二部屋を貸し与える。設備は自由に使用して良い。食事は、基本的には一緒に取る。
彼女の報酬は、最初の一週間は試用期間として週七万。問題なければ、その後は週十万。
彼女は報酬が高すぎると言ったけれど、俺はそうは思わなかった。夜中でもトイレに行きたい時は手を借りることになる。ベッドからソファに移動するにも、ソファからダイニングに移動するにも、だ。食事も、食べさせてもらうこともある。風呂だけは手を借りずに済ませたいが、恐らく不可能だ。
とにかく、常に俺のそばで、俺の意に添わなければならない。俺ならば、週に二十万貰ったってお断りだ。