楽園 ~きみのいる場所~
俺は彼女の肌から唇を離した。
シャツの襟から、鎖骨の少し下が見えた。
僅かに赤い皮膚が盛り上がっている。
二センチほどの古い傷。
ベッドで彼女に触れた時、暗いから見てはいないけれど、手触りで同じような傷が彼女の腹や腰にあることはわかっていた。
以前、彼女自身も言っていた。
事故の時の傷がたくさん残っている、と。
その傷のせいもあって、自分には幸せな結婚は出来ないと思っていたとも。
傷なんて――!
俺は傷なんて気にしない。
楽が、不能な俺を笑うことなく、尽くしてくれているように、俺も彼女の傷にキスをして、何でもないことだと教えたい。
俺は楽のシャツのボタンを一つだけ外した。
彼女を抱きたい一心でリハビリを頑張った甲斐があって、指先でボタンを外すくらいはわけなくできるようになった。
「悠久く――っ!」
彼女の傷に口づける。
楽が腰を引いて離れようとしたが、俺はそれを許さなかった。
何度もキスをした。
チュッと口づけては離し、また口づける。
楽が俺の服をギュッと握り、小さく息を吐いた。
「愛してるよ、楽」
そう言って、彼女を強く抱き締めた。
「愛してる……」
再会してから間もないが、毎日一緒に居て、どんどん想いが膨らむ。
普通の恋人のように会えない時間に相手を想うことや、会える日を心待ちにするような緊張感や高揚感とは違うけれど、ずっとこうして一緒に居たいと、ずっとこうして楽をこの家に閉じ込めておきたいと、強く思う。
この家が、楽の世界の全てならいいのに。
俺は外したボタンを掛け直し、戸惑う楽の手を引いてダイニングに座らせた。
そして、寝室のチェストから封筒を持って戻り、彼女の正面に座った。
「弁護士が帰った後、これを貰いに行って来た」と言って、彼女に向けて封筒を差し出した。
二通。
楽は封筒を手に取り、中身を取り出す。横に二つ折り、縦に三つ折りになった薄い紙を縦にだけ広げる。
「離婚届……」
それから、もう一通を取り出す。
「婚姻届?」
「うん」
俺は掌を上にして、彼女に向けて差し出した。楽は、離婚届と婚姻届を広げたまま、俺に差し出した。
受け取った二通を完全に広げ、手で折り目を伸ばす。それから、まず、離婚届を正面に置いた。
「悠久くん……?」
「調停で決着がついたら必要ないかもしれないけど」
ダイニングテーブルとキッチンの間のカウンターに置かれたペン立てから、ボールペンを抜く。そして、そのペンで、離婚届の『夫』の欄に自分の名前を書いた。
明堂悠久、と。
住所は、萌花と暮らしていたマンション。
楽は何も言わずに、俺の手を、ペン先を眺めていた。
シャツの襟から、鎖骨の少し下が見えた。
僅かに赤い皮膚が盛り上がっている。
二センチほどの古い傷。
ベッドで彼女に触れた時、暗いから見てはいないけれど、手触りで同じような傷が彼女の腹や腰にあることはわかっていた。
以前、彼女自身も言っていた。
事故の時の傷がたくさん残っている、と。
その傷のせいもあって、自分には幸せな結婚は出来ないと思っていたとも。
傷なんて――!
俺は傷なんて気にしない。
楽が、不能な俺を笑うことなく、尽くしてくれているように、俺も彼女の傷にキスをして、何でもないことだと教えたい。
俺は楽のシャツのボタンを一つだけ外した。
彼女を抱きたい一心でリハビリを頑張った甲斐があって、指先でボタンを外すくらいはわけなくできるようになった。
「悠久く――っ!」
彼女の傷に口づける。
楽が腰を引いて離れようとしたが、俺はそれを許さなかった。
何度もキスをした。
チュッと口づけては離し、また口づける。
楽が俺の服をギュッと握り、小さく息を吐いた。
「愛してるよ、楽」
そう言って、彼女を強く抱き締めた。
「愛してる……」
再会してから間もないが、毎日一緒に居て、どんどん想いが膨らむ。
普通の恋人のように会えない時間に相手を想うことや、会える日を心待ちにするような緊張感や高揚感とは違うけれど、ずっとこうして一緒に居たいと、ずっとこうして楽をこの家に閉じ込めておきたいと、強く思う。
この家が、楽の世界の全てならいいのに。
俺は外したボタンを掛け直し、戸惑う楽の手を引いてダイニングに座らせた。
そして、寝室のチェストから封筒を持って戻り、彼女の正面に座った。
「弁護士が帰った後、これを貰いに行って来た」と言って、彼女に向けて封筒を差し出した。
二通。
楽は封筒を手に取り、中身を取り出す。横に二つ折り、縦に三つ折りになった薄い紙を縦にだけ広げる。
「離婚届……」
それから、もう一通を取り出す。
「婚姻届?」
「うん」
俺は掌を上にして、彼女に向けて差し出した。楽は、離婚届と婚姻届を広げたまま、俺に差し出した。
受け取った二通を完全に広げ、手で折り目を伸ばす。それから、まず、離婚届を正面に置いた。
「悠久くん……?」
「調停で決着がついたら必要ないかもしれないけど」
ダイニングテーブルとキッチンの間のカウンターに置かれたペン立てから、ボールペンを抜く。そして、そのペンで、離婚届の『夫』の欄に自分の名前を書いた。
明堂悠久、と。
住所は、萌花と暮らしていたマンション。
楽は何も言わずに、俺の手を、ペン先を眺めていた。