三羽雀
 (しわ)ひとつなく、よれもない、きっちりと整えられた制服である。顔にばかり気を取られていたが、制帽も被っている。
 「はあ、法学を専攻しているので」
 専門書の文法が判るということは、上級生だろうか。
 「まあ、そうですの?法学を学ばれながら語学も堪能だとは、なんとも……」
 素敵だと言いたかった。彼は文字通り素敵である。
 端整な顔立ちで帝大の法科生。おまけに教養も十分。きっと良家の息子だ。
 町医者の娘と帝大の法科生では釣り合わないかもしれないが、何故か映画のような(ささ)やかな期待を抱いてしまう。
 「いやあ、大したことはありませんよ」
 彼は謙遜する様子で、苦笑いを浮かべた。
 また、隣の書架から本を手に取った彼は、
 「では僕はこれで」
 と会計の方へ颯爽(さっそう)と歩いて行った。
 志津は棚と本の隙間から彼の様子を見ている。
 歩いていても、立っていても、見惚(みと)れてしまうような立ち居振る舞いだ。
 彼女は彼が書店を出てから駅の方向へ歩いていくのをじっと眺めて、その姿が見えなくなるといつものように本を読み、日が傾き始めた頃に書店を出るのであった。
 この日は先週取り寄せを注文した本があるかを店主に尋ねたが、
 「悪いな、志津ちゃん」
 と沈んだ表情である。
 「今その本を探してはいるんだが、なかなか見つからなくてな。急ぎかい」
 丸眼鏡の奥の目がしょんぼりとしている。
 「いえ、急ぎではないのだけれど……すみませんね、私こそ毎度無理なお願いをして」
 志津がそう言うと店主は血相を変えて、
 「いやいや!そんなことは無いよ!志津ちゃんは勉強熱心だから、せめて手助けが出来ればと思うだけだよ」
 と言っている。
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